>平和って ・・・・・ あるのかな?
投稿者: team_pegasus 投稿日時: 2002/10/07 09:45 投稿番号: [9292 / 232612]
私の単純な考えなんですが、「争い」はなぜ起きるのか?
「争い」を、
個人レベル
=
ケンカ
集団レベル
=
闘争
国家レベル
=
戦争
と呼ぶ事が出来ると思います。
*
すみません、今回はケンカには「殺し合い」が伴うのか?
・・・
などと言うことは無視していただけますか?
全てに共通するものは、価値観の近いものほど最終的に「争い」を起こす。
でもその価値観は「絶対的もの」ではなく、「相対的なもの」である。
「争い」は人間だけでなく、動物の本能に刻まれた「生理現象」だと思います。
例えば、いつも兄弟ゲンカばかりしていても、弟がいじめられていれば、兄は弟をかばうでしょ。
例えば、キリスト教とイスラム教との戦争があり、それが終結すれば、イスラム教内でシーア派とスンニ派の争いが始まる。
キリスト教、仏教もまた同じ。
派閥抗争が終わると、リーダー争いがはじまる。
つまり、自分とは違う価値観のもの同士戦う、しかし戦っていた同士よりも違いう価値観のものが現れたら、
いままで敵だったものが集団を組み合って、敵対するものと戦う。
そのグループ同士の争いが終わると、また個人の争いにもどる。
ある人はそれを「利権のため」、「宗教が原因」、「いやもっと根本的な食べるためだ」とか言ったり。
「争い」を無くす目的の「宗教」までもが、「争い」の引きがねになってしまう。
>我々の今のあたりまえの生活が過去の人々の犠牲により成立っている事を忘れてはいけないと思う。
その「犠牲」が発生してしまう根本原因は、我々の細胞レベルに刻まれたもので、
どんなことでも理由になってしまうから、lphomeg さんのおっしゃる通りになってしまう。
食物連鎖における、イワシはカツオに食べられてしまう。
逃れたイワシは、プランクトンを求め、仲間同士先を争いえさを食べる。
もし、イワシもカツオも人間なら?仲間同士の争いは、一時的に止め、
イワシは知恵・知識・武器を使い、カツオからの攻撃を防ぎ・反撃するでしょう。
私は、弱いものは「負けなさい、食べられてしまいなさい」と言いたい訳では無いのです。
悲しいかな人間は元々「争う」ものだと思います。
だから、「英知(思想・芸術・科学
・・・・などなど
)」と言われるものが発展して来たと思います。
(争いがなくたって、思想・芸術・化学は発展した・・とおしゃる事もわかります)
でも、「争いをなくす」ための「英知」は、まだ見つかっていませんし。
見つける事は不可能なのかも知れません。
もしかして、「争いをなくす」方法が発見できたら、生物は絶滅してしまうのかもしれません。
生あるもの全ては、「争い」とバランス良く付き合って行かなければならないのかな。
なにか、今日はそんな目醒めでした。
でも、きっと、午後には考えが変わると思います。
これは メッセージ 9279 (lphomeg さん)への返信です.
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