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40時間叫び続け…めぐみさん拉致全容

投稿者: realvoiceman 投稿日時: 2002/10/06 10:48 投稿番号: [9167 / 232612]
「お母さん、お母さん、助けて−」。少女の悲痛な叫びが、暗い工作船の船倉で、40時間も響く…。横田めぐみさん=失跡当時(13)=の詳しい経緯が明らかになった。
「『丁』という名の工作員ら3人が、新潟の海岸付近で、帰還用の小舟を待っていたところ、無線機で交信中の姿をめぐみさんに見られたため、突発的に拉致した」

  元北朝鮮工作員で、韓国に亡命した安明進(アン・ミョンジン)氏は、昭和52年11月15日、下校途中の新潟市でめぐみさんが拉致された当時を、こう具体的に証言している。

  北朝鮮側の情報でも、めぐみさん拉致は、命令がなく、恣意(しい)的に行われたことになっており、「突発的に」という拉致形態の部分は、これと合致する。

  安氏の証言では、めぐみさんは40時間以上もの長時間、船倉で監禁中に「お母さん、お母さん、助けて」と叫び続けた。壁などをひっかき、指は血だらけ。爪(つめ)もはがれそうになったという。

めぐみさんは招待所を出た直後の61年8月、北朝鮮男性の会社員、キム・チョルジュ氏と結婚。キム・ヘギョンという名の娘をもうける。

平成5年にめぐみさんが鬱病(うつびょう)のため、平壌市内の「49号予防院」に入れられた、というのだ。
重度の鬱病だったとされるめぐみさんが、快方に向かうなかで、北朝鮮側は、めぐみさんが松の木に切り裂いた着物を引っ掛けて首つり自殺した、と説明する。

 
死亡後の数年間、ヘギョンさんはめぐみさんの生存を信じていたし、何より、父のチョルジュさんも「(めぐみさんは)どこかにいる」と言っていたという。

  ところが、しばらくしてから「もう帰ってこない」と話したといい、めぐみさんの生存をにおわせている。

  「母」の墓参りにもわずかに1、2度行っただけ。墓の場所も覚えていないというのも、いかにも不自然すぎる。

  めぐみさんが死亡したとされるのは、5年3月13日のことだが、亡命者が、その後に似た女性を見ているという有力情報もある。
「死亡は北朝鮮の一方的な言い分。デッチ上げ」。滋さんや早紀江さんをはじめ、家族や関係者の一致した見方だ。

  5歳以前の「母」の生前の思い出をより詳しく語っているのに対し、死後の部分では、「覚えていない」を連発するヘギョンさん。

  「死後の部分については、当局にそう話すように覚えさせられた、という推測も成り立つ」(公安当局)との声もあがるほど、確かに不自然な点が山積している。

  早紀江さんが「めぐみはそんな酷(むご)い死に方をするような子じゃない」と話すなど、娘の生存をかたくなに信じていることもうなずけるような不自然さだ。http://www.police.pref.niigata.jp/onegai/ratiyougi/page001.html
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