歴史から学びましょう4
投稿者: jouhoukikanin87 投稿日時: 2003/11/03 20:16 投稿番号: [91492 / 232612]
當時は物不足で、賣る方は素人でも出來た
仕入れこそ難しかったのだが、彼等は日本人露天商を襲って商品を奪ふのだから
其で警察が黙認して捕まへないのだから、こりゃあ損のし様が無い
<当時、売る、それ>
警察が襲撃されること頻りで、署長が叩きのめされたり、捜査主任が手錠を賭けられ半殺しにされるぐらいは珍しからず
上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ國税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった
<しきり>
(録取者註
當時は警察署が襲撃される事が珍しくなく、第三國人の來襲によって犯人を奪還された富坂警察署事件、ついでに警官が殺された澁谷警察署事件、共産党が大群で警察署を包囲し外部との聯絡を遮断「攻城戦」に出た平警察署事件等、枚擧に暇有りませんでした)
<連絡、枚挙>
東京東部(すなはち大東京の中心地)北郊の荒川、古利根−中川、江戸川、利根川流域の牛は皆ゐなくなった
當時、あの辺は畜力として農耕牛を使ってゐたが、深夜、不逞鮮人が侵入して來て盗み出し、河原へ牽いて行って屠殺した
牛はモウと言って泣いたので皆氣付いたが、銃砲刀剣で武装してゐるので追ふ訳には行かなかった
永年愛育し、慈しんで來た牛が悲しさうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出來なかった
<ひいて、気>
斯うして利根川水系流域一帯の牛は皆、不逞鮮人に盗まれ、殺され、闇市で賣られた
この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を賣りに來たものだ
上流で屠殺した牛を、其儘下流へ賣りに來たのだらう
<そうして、そのまま>
斯くて南關東から、牛はゐなくなった
<かくて、関東>
家畜相手ならまだしも、人間に對しても、關東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つやうな勢で数多犯罪を重ねた
川崎、濱松、大阪、神戸などが酷かった
<対して、浜松>
これは メッセージ 91488 (seiron_893_seiron さん)への返信です.
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