「拉致被害者、一部生存も」…黄元書記
投稿者: returnagain55 投稿日時: 2003/10/30 18:29 投稿番号: [91190 / 232612]
「拉致被害者、一部生存も」…黄元書記会見
読売新聞の単独インタビューに答える黄長ヨプ・朝鮮労働党元書記(ワシントンで=今利幸撮影)
【ワシントン=河野博子】韓国に1997年亡命した元朝鮮労働党書記で金正日総書記の側近だった黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ)氏(81)は29日、訪問先のワシントンで読売新聞との単独会見に応じ、北朝鮮が日本に「すでに死亡」と表明した日本人拉致被害者について、「秘密の部署で働いている場合、(日本に)帰しては秘密が漏れて大問題なので死んでしまったことにするかもしれない」と述べ、拉致被害者の一部が生存している可能性を指摘した。(ヨプは火ヘンに華)
黄氏は、北朝鮮が、拉致被害者の一部を「秘密工作に利用したと考えられる」とした上で、そのような秘密工作は細部に至るまで金総書記が把握していたと証言。「彼のサインなしにはただ1人も動かすことができない」と強調して、金総書記が拉致問題にも深くかかわっていたとの見方を示唆した。一方、黄氏は、北朝鮮は「核兵器は十分に持っているはず」と述べ、「(朝鮮労働党の)軍需工場担当の書記から聞いた」として、北朝鮮が96年にパキスタンと協定を結び、濃縮ウランによる核兵器製造に関する技術供与を受けながら核開発を進めてきたことを明らかにした。
核問題に関する6か国協議について、黄氏は、「米国が文書による安全の保証を提案すれば北朝鮮は受けるだろう」と述べ、6か国協議が継続され、何らかの合意が成立する可能性が高いとの見通しを示した。
◆黄長ヨプ亡命事件=黄長ヨプ・朝鮮労働党書記(当時)が1997年2月、日本訪問からの帰国途中、北京の韓国大使館に亡命申請し、フィリピン経由で同年4月、ソウルに入り亡命した。北朝鮮の亡命者の中では、最も高い地位にあった人物。黄氏は後に「戦争準備にばかり没頭している金正日を見て、我慢ならないと思った」と亡命の動機を述べている。
◆かすれ声、日本語で「北の独裁を取り除くことだ」◆
【ワシントン=河野博子】黄長ヨプ氏は、6か国協議の第2回会合実現前という微妙なタイミングに訪米し、ワシントンで、ケリー国務次官補ら政府高官や有力議員らと会談を重ね、北朝鮮の金正日体制打倒の必要性を訴えている。
「核問題で騒いだら、金正日の思うつぼ。彼の“価値”を高めるだけだ。根本問題は、彼の独裁体制を取り除くことだ」――小さくかすれた声で、北朝鮮体制の核心を熟知する者ならではの言葉が続いた。第2次世界大戦中に日本の中央大学に学んだ黄氏は、読売新聞との約40分間のインタビューを、流ちょうな日本語でこなした。
インタビューは、ホワイトハウス近くのレストランで、韓国から同行した警察の警備担当者6人が立ち会い、ものものしい雰囲気の中で行われた。駐米韓国大使館職員は、黄氏の発言を細大もらさずメモにとった。
黄氏は1度だけ、沈黙に陥った。北朝鮮に残してきた妻や子どもたちの安否を聞いた時だ。腹の底から押し出すような声で、「そういうことを考える余裕はないです」と答えた。
日本の一部マスコミは、北朝鮮に残っている長男が炭鉱事故で負傷したと北朝鮮側が韓国政府に伝えたと報じた。北朝鮮が黄氏の口封じを図ったとの見方について、黄氏は、「そうではないと思う」と否定し、「金正日は、私がそういうことに驚かされる人間でないと知っている」と言い切った。
黄氏は、金日成総合大学長、朝鮮労働党中央委員会書記(国際担当)、最高人民会議議長など要職を歴任。北朝鮮の支配イデオロギーである「主体(チュチェ)思想」の体系化を行ったことで知られる。北朝鮮のトップシークレットを知る立場の人物だけに、2000年以降、米議会関係者などからたびたび訪米招請を受けた。北朝鮮との融和に重きをおく韓国の金大中(キム・デジュン)政権(当時)は、北朝鮮を刺激するのを懸念して、出国を許さなかった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)新政権のもと、米国の民間団体「防衛フォーラム財団」が招待して、ようやく訪米にこぎつけた。(読売新聞)
[10月30日14時54分更新]
読売新聞の単独インタビューに答える黄長ヨプ・朝鮮労働党元書記(ワシントンで=今利幸撮影)
【ワシントン=河野博子】韓国に1997年亡命した元朝鮮労働党書記で金正日総書記の側近だった黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ)氏(81)は29日、訪問先のワシントンで読売新聞との単独会見に応じ、北朝鮮が日本に「すでに死亡」と表明した日本人拉致被害者について、「秘密の部署で働いている場合、(日本に)帰しては秘密が漏れて大問題なので死んでしまったことにするかもしれない」と述べ、拉致被害者の一部が生存している可能性を指摘した。(ヨプは火ヘンに華)
黄氏は、北朝鮮が、拉致被害者の一部を「秘密工作に利用したと考えられる」とした上で、そのような秘密工作は細部に至るまで金総書記が把握していたと証言。「彼のサインなしにはただ1人も動かすことができない」と強調して、金総書記が拉致問題にも深くかかわっていたとの見方を示唆した。一方、黄氏は、北朝鮮は「核兵器は十分に持っているはず」と述べ、「(朝鮮労働党の)軍需工場担当の書記から聞いた」として、北朝鮮が96年にパキスタンと協定を結び、濃縮ウランによる核兵器製造に関する技術供与を受けながら核開発を進めてきたことを明らかにした。
核問題に関する6か国協議について、黄氏は、「米国が文書による安全の保証を提案すれば北朝鮮は受けるだろう」と述べ、6か国協議が継続され、何らかの合意が成立する可能性が高いとの見通しを示した。
◆黄長ヨプ亡命事件=黄長ヨプ・朝鮮労働党書記(当時)が1997年2月、日本訪問からの帰国途中、北京の韓国大使館に亡命申請し、フィリピン経由で同年4月、ソウルに入り亡命した。北朝鮮の亡命者の中では、最も高い地位にあった人物。黄氏は後に「戦争準備にばかり没頭している金正日を見て、我慢ならないと思った」と亡命の動機を述べている。
◆かすれ声、日本語で「北の独裁を取り除くことだ」◆
【ワシントン=河野博子】黄長ヨプ氏は、6か国協議の第2回会合実現前という微妙なタイミングに訪米し、ワシントンで、ケリー国務次官補ら政府高官や有力議員らと会談を重ね、北朝鮮の金正日体制打倒の必要性を訴えている。
「核問題で騒いだら、金正日の思うつぼ。彼の“価値”を高めるだけだ。根本問題は、彼の独裁体制を取り除くことだ」――小さくかすれた声で、北朝鮮体制の核心を熟知する者ならではの言葉が続いた。第2次世界大戦中に日本の中央大学に学んだ黄氏は、読売新聞との約40分間のインタビューを、流ちょうな日本語でこなした。
インタビューは、ホワイトハウス近くのレストランで、韓国から同行した警察の警備担当者6人が立ち会い、ものものしい雰囲気の中で行われた。駐米韓国大使館職員は、黄氏の発言を細大もらさずメモにとった。
黄氏は1度だけ、沈黙に陥った。北朝鮮に残してきた妻や子どもたちの安否を聞いた時だ。腹の底から押し出すような声で、「そういうことを考える余裕はないです」と答えた。
日本の一部マスコミは、北朝鮮に残っている長男が炭鉱事故で負傷したと北朝鮮側が韓国政府に伝えたと報じた。北朝鮮が黄氏の口封じを図ったとの見方について、黄氏は、「そうではないと思う」と否定し、「金正日は、私がそういうことに驚かされる人間でないと知っている」と言い切った。
黄氏は、金日成総合大学長、朝鮮労働党中央委員会書記(国際担当)、最高人民会議議長など要職を歴任。北朝鮮の支配イデオロギーである「主体(チュチェ)思想」の体系化を行ったことで知られる。北朝鮮のトップシークレットを知る立場の人物だけに、2000年以降、米議会関係者などからたびたび訪米招請を受けた。北朝鮮との融和に重きをおく韓国の金大中(キム・デジュン)政権(当時)は、北朝鮮を刺激するのを懸念して、出国を許さなかった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)新政権のもと、米国の民間団体「防衛フォーラム財団」が招待して、ようやく訪米にこぎつけた。(読売新聞)
[10月30日14時54分更新]
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.