拉致問題は危急の政治課題だ
投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2003/10/26 23:04 投稿番号: [90946 / 232612]
この集会でも、参加者から地鳴りのような拍手が起こったという。
佐渡の島民や、拉致被害者の地元の人々のみならず、
きっと日本国民の多くが、同じ気持ちなのではないだろうか?
こういう国民の声を、
なんとか一つにまとめて怒濤のごときパワーにして表現する事が出来ないモノかと、
じれったく思えて仕方がない。
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横田さん 「曽我さんの母帰ってこそ」
投稿者 kaoru 投稿日時 2003-10-26 16:40:46 (53 ヒット)
「曽我ミヨシさんたちを救出する佐渡島民大集会」の終了後、会見する曽我ひとみさん(右から3人目)ら 佐和田町で二十五日に開かれた「曽我ミヨシさんたちを救出する佐渡島民大集会」。母ミヨシさんを救出したいと、自ら協力を呼び掛ける曽我ひとみさん(44)に全島から駆けつけた約千人の人々が大きな拍手を送った。「救う会」や「家族会」の関係者もそれぞれ思いのたけを語り、拉致事件の全面解決を改めて訴えた。
会の冒頭、「曽我さん母娘を救う会」の菊地広至会長は「拉致されて空白になってしまった時間を取り戻すために一生懸命頑張っている」とひとみさんをねぎらい、「一日も早くお母さんを救出するため、皆様にお願いしたい」と訴えた。
続いてあいさつした中山恭子内閣官房参与は「(北朝鮮で)生き延びるために、小さな幸せを作らなければと夫と結婚し、二人の娘もできた」とひとみさんの北朝鮮での二十四年間の生活を思いやった。そして、昨年十月十五日に羽田空港に到着した政府専用機のタラップから降りる際の様子について「じっと下の方をきつい目で眺めていた。ニコリともせずむっつりした顔をしていた。あの目は母親を探し求めていた目だったと思います」と語ると、ひとみさんは感極まってハンカチで涙をぬぐった。
父茂さん(71)は知人に託した文書で、ミヨシさんとひとみさんが行方不明になって以来「自暴自棄になったことも度々ある」とし、「寂しさに耐える娘の笑顔を見るのはつらい」との思いを吐露した。
また、一九七四年に新穂村で行方不明になった元県佐渡農地事務所職員大沢孝司さん(当時二十七歳)の兄昭一さん(67)も、壇上から「どういう情報でも結構です。皆様からの支援をお願いしたい」と訴えた。
「家族会」事務局長の蓮池透さん(48)は「(ひとみさんが)気丈に振る舞っているのは、精神力の強さ、島民の温かさのたまものだ」と語り、拉致問題が進展していない現状を指摘し、「政府は(拉致被害者たちの)気持ちがまったく分かっていない。拉致問題は危急の政治課題だ」と政府を批判した。
最後に「家族会」会長の横田滋さん(70)が「お母さんが帰ってくることが真の意味での成功となる。これを契機として全国に運動が広がることを祈っています」と締めくくると、会場からは地鳴りのような拍手がわき上がった。
新穂村島、農業斉藤のぞみさん(47)は「曽我さん本人の声を直接聞いてショック。今は、頑張ってとしかいえないが、私に何ができるのかを模索してみたい」としみじみと話していた。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/news002.htm
電脳補完禄より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1286
佐渡の島民や、拉致被害者の地元の人々のみならず、
きっと日本国民の多くが、同じ気持ちなのではないだろうか?
こういう国民の声を、
なんとか一つにまとめて怒濤のごときパワーにして表現する事が出来ないモノかと、
じれったく思えて仕方がない。
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横田さん 「曽我さんの母帰ってこそ」
投稿者 kaoru 投稿日時 2003-10-26 16:40:46 (53 ヒット)
「曽我ミヨシさんたちを救出する佐渡島民大集会」の終了後、会見する曽我ひとみさん(右から3人目)ら 佐和田町で二十五日に開かれた「曽我ミヨシさんたちを救出する佐渡島民大集会」。母ミヨシさんを救出したいと、自ら協力を呼び掛ける曽我ひとみさん(44)に全島から駆けつけた約千人の人々が大きな拍手を送った。「救う会」や「家族会」の関係者もそれぞれ思いのたけを語り、拉致事件の全面解決を改めて訴えた。
会の冒頭、「曽我さん母娘を救う会」の菊地広至会長は「拉致されて空白になってしまった時間を取り戻すために一生懸命頑張っている」とひとみさんをねぎらい、「一日も早くお母さんを救出するため、皆様にお願いしたい」と訴えた。
続いてあいさつした中山恭子内閣官房参与は「(北朝鮮で)生き延びるために、小さな幸せを作らなければと夫と結婚し、二人の娘もできた」とひとみさんの北朝鮮での二十四年間の生活を思いやった。そして、昨年十月十五日に羽田空港に到着した政府専用機のタラップから降りる際の様子について「じっと下の方をきつい目で眺めていた。ニコリともせずむっつりした顔をしていた。あの目は母親を探し求めていた目だったと思います」と語ると、ひとみさんは感極まってハンカチで涙をぬぐった。
父茂さん(71)は知人に託した文書で、ミヨシさんとひとみさんが行方不明になって以来「自暴自棄になったことも度々ある」とし、「寂しさに耐える娘の笑顔を見るのはつらい」との思いを吐露した。
また、一九七四年に新穂村で行方不明になった元県佐渡農地事務所職員大沢孝司さん(当時二十七歳)の兄昭一さん(67)も、壇上から「どういう情報でも結構です。皆様からの支援をお願いしたい」と訴えた。
「家族会」事務局長の蓮池透さん(48)は「(ひとみさんが)気丈に振る舞っているのは、精神力の強さ、島民の温かさのたまものだ」と語り、拉致問題が進展していない現状を指摘し、「政府は(拉致被害者たちの)気持ちがまったく分かっていない。拉致問題は危急の政治課題だ」と政府を批判した。
最後に「家族会」会長の横田滋さん(70)が「お母さんが帰ってくることが真の意味での成功となる。これを契機として全国に運動が広がることを祈っています」と締めくくると、会場からは地鳴りのような拍手がわき上がった。
新穂村島、農業斉藤のぞみさん(47)は「曽我さん本人の声を直接聞いてショック。今は、頑張ってとしかいえないが、私に何ができるのかを模索してみたい」としみじみと話していた。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/news002.htm
電脳補完禄より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1286
これは メッセージ 90944 (sa_bo_ten_02 さん)への返信です.