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<曽我ひとみさん>手記寄稿

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/10/10 04:09 投稿番号: [89682 / 232612]
<曽我ひとみさん>家族への愛、切々と   詩と手記寄稿

  「私に翼があったら……」北朝鮮による拉致被害者の曽我ひとみさん(44)=新潟県真野町=が帰国して15日で1年になる。夫と2人の娘を北朝鮮に残したまま、ただ一人、故郷の佐渡島で暮らす曽我さんが、毎日新聞に自筆の詩と手記を寄せた。曽我さんが帰国後の心情をつづった自作の詩を公表するのは初めて。

  詩と手記は、いずれも原稿用紙に鉛筆で書かれている。「空」と題した詩は、拉致されていた24年間持ち続けた「翼があれば家族に会えるのに」という思いを、一人で暮らす今もまた抱いている、という哀切な心情を記している。

  およそ600字の手記は無題。家族との楽しい思い出を回想しつつ、夫の健康を気遣い、「大分大きくなった」と想像する娘たちをいとおしんでいる。そして、家族に呼びかける形で「家族の大切さ、いつまでも信じ合う事の大切さを絶対に忘れないでほしい。そうすれば、いつか会える」と結んでいる。

  曽我さんは現在、故郷での暮らしにも慣れ、すっかり地元にも溶け込んでいるように見える。だが、文面から受け取れる心に開いた大きな穴を埋める手だては、依然見えてこない。【磯野保、柴田真理子】

    空

青く澄みきった   秋空

この空を、ずっと行くと愛する家族の元へ

私に翼があったなら

私が鳥だったら

すぐに行って、連れて来る事が出来るのに……

それが出来ない、もどかしさ

24年間、思っていたこと

私に翼があったら

私がもし鳥になれたら

日本まで飛んで行きたいと……

何度も何度も考えた

だけど私は鳥ではなく人間だ

いったい、いつまで、いつまで、待てばいいのだろうか……

私には分からない、教えてくれる人もいない

いつまで待てば教えてもらえるのだろうか?

いったい誰が教えに来てくれるのだろうか?   ひとみ

     ◇     ◇

  母は、日本で故郷の佐渡でお父さんと妹を連れて帰らぬ娘を思いながら暮らしていると思っていました。

  それぞれが育った国も違い、風習も違う私と夫が出会い、今まで23年という月・日を一緒に、はげましながら、楽しく暮らして来ました。私達は、だいぶ年が違うので、その分夫は、私の事をやさしくしてくれました。夫は、子供達が出来ると子供達をすごく、かわいがってくれ、面倒もよく見てくれました。子供達もお父さんの事が好きで一緒に、良く遊びました。子供達が小さい頃には、夏になると海にも遊びに行きました。砂遊びや一緒に海に入ったりして楽しく遊びました。今、夫に願う事は、みんなで会える日まで、元気でいてほしいという事。体の事が大変気になります。それから私は23年間愛したよりこの一年間は、もっともっと愛が強くなりました。離れてあなたの愛の重さを、しみじみと感じています。子供達と同じ年代の女の子を見ると思い出す。買い物をしていると思う。あれがあれば買ってあげたい、これを食べさせてあげたいと思う気持ちだけ。二人共、元気で学校には毎日通って下さい。

  あなた、娘達をお願いします。美花、ブリンダ、パパの事をお願いします。この一年、大分大きくなったと思います。心も体も……

  そんな中で絶対忘れてほしくない事。家族の大切さ、いつまでも信じ合う事の大切さ、この二つを絶対に忘れないでほしい。そうすれば、いつか会って楽しい生活をすることが出来ると思います。曽我ひとみ(毎日新聞)
[10月10日3時20分更新]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031010-00000137-mai-soci
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