やはり元凶は真紀子と康夫でしょう
投稿者: ahoahoahochak7 投稿日時: 2003/10/06 00:11 投稿番号: [89404 / 232612]
ご紹介していただいた。。投稿。。
>田中真紀子がこのトピで非難されているが
クソ外務省と戦っていたのに
それを更迭した小泉支持のヤツが多いのは理解に苦しむ
何を持って外務省と戦っていたのか理解に苦しみます。
別に外務省の弁護をするつもりはないが、彼女は連日吠えていただけでなかったのですか。
もし、小泉首相が批判されるべきとしたら、更迭したことではなく、起用したことでしょうね。
以下、今里義和「外務省『失敗』の本質」からの要旨、抜粋です。
(たまたま読んだ本にありました)
2001年5月、外相に就任してから5日目に金正男の密入国事件があった。
この時の大臣の対応が、難しい外交案件に正面から立ち向かおうという気構えはなかった。・・・・『早く外に出して!』の一点だった。
外務省の事務当局にとって、この事件の最大の教訓は、「田中外相には政策的な能力も関心もない」ということだった。
そしてこの1件以後、田中外相は、外国要人との会談など外交本来の仕事にはほとんど身を入れず、関心はもっぱら官房機密費詐取事件などの不祥事への対応、鈴木宗男議員との対立、省内人事などに集中させていった。
巷間しばしば「田中氏が外相になっていなければ、外務省の不祥事は表に出なかった」とか、「外務省改革が田中氏の最大の功績」などといわれる。しかし、現場で間近に観察した者からみれば、こうした評価はいささか的はずれだ。
まず機密費詐取事件は、田中外相就任の何ヶ月も前に表面化し、連日報道されていた。他の不祥事も田中氏が発掘したわけでもない。
外務省改革にしても、田中氏が主導したという事実はない。不祥事の再発防止を目的とした制度改革は副大臣以下の省組織に丸投げしていたし、ODAなど外交政策の遂行に関する改革については、関心も能力もなかった。
それなのに、田中氏が「改革者」と評価されがちなのは、田中氏が外務省の事務当局と終始対立し、叱りつけて官僚を懲らしめるイメージが定着したからだろう。ただ、対立の原因は外交政策とかけ離れた人事問題や、些細なことばかりだった。
これは メッセージ 89403 (konkonkiti さん)への返信です.
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