「必ず生きている」屋木さんの父
投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2003/09/26 00:34 投稿番号: [88292 / 232612]
「必ず生きている」屋木さんの父
投稿者 trycomp 投稿日時 2003-9-25 18:01:35 (73 ヒット)
◆ 失跡者名簿に入善町の屋木さん(当時19歳)
北朝鮮に拉致された可能性のある失跡者の行方を調べる民間機関「特定失踪(しっそう)者問題調査会」は二十四日、「拉致の可能性が排除できない」とする十五人の名簿を公表し、県関係者では昭和四十三年に入善町で行方不明となった同町道古の美容師、屋木しのぶさん=当時(19)=が含まれていた。
十五人は三十一年から平成十三年までの間に行方不明になった男性九人と女性六人。
屋木さんは昭和四十三年一月中旬ごろ、インターンとして働いていた町内の美容院を休み、同町新屋の叔母宅を訪問。叔母が生んだ双子の赤ちゃんのために帽子と靴下を編んでいた。編み終えてから、午後六時半ごろバスに乗った後、消息が分からなくなった。
当日は大雪で所持金や荷物はなく、運転免許証も自宅に置いたままだった。行方不明になる前に自宅近くに住んでいたいとこの妻に失跡後の日を指定して富山市へ遊びに行こうと誘っていた。
屋木さんは身長一五八センチ、中肉だが骨太でがっしりした感じにも見える。目がくっきりした二重でかわいらしい顔立ち。編み物や洋裁をするなど手先が器用で、本を読むのが好きだった。飲酒、喫煙の習慣はなかった。
同調査会に寄せられた失跡者の情報は三百六十人を超える。これまで百八十二人の失跡者を公表し、うち二人は国内での消息が確認されている。県内から調査依頼があるのは屋木さんと、朝日町の水島慎一さん=四十三年、同(18)=、新湊市の荒谷敏生さん=四十九年、同(25)=、福岡町の山田建治さん=五十四年、同(30)=を含む五人。一人は公表していない。
同調査会は同日、これまで公表した失跡者のうち四十九年に不明になった新潟県の県職員、大沢孝司さん=同(27)=ら六人について「北朝鮮による拉致事件の疑いが濃い」として政府に拉致認定を求めると発表した。
現地調査などから「不明となった状況やほかに失跡の理由が見当たらない」として北朝鮮による拉致の疑いが濃厚だと判断。今回の六人を含め、計十二人となった。県関係者はいない。
◆ 「必ず生きている」屋木さんの父
「必ず生きていると信じている。命あるうちに会いたい。連絡がほしい」。
屋木しのぶさん=入善町道古=の父、忠義さん(82)は特定失踪者問題調査会がリストを発表した二十四日、自宅で祈るように話した。
家族や親類が思い当たる先を探したものの消息がつかめず、それでも戻る日を待ち続けて三十五年がたった。
昨年九月の小泉首相の訪朝をきっかけに、親族は拉致を疑った。入善署や外務省に相談。今年二月五日に同調査会に書類を提出し、八月下旬に同調査会が自宅へ聞き取り調査に訪れた。
しのぶさんの写真を見た元工作員が「分からない」と答えたことを聞かされたものの、昭和四十年ごろに自宅近くで、いとこの妻に編み物を習っていた若い女性二人がトラックに連れ込まれそうになったことを伝えたところ、同会のメンバーは「しのぶさんが拉致された可能性は高い」と話したという。
着物を作りためながら、戻ることを願っていた母、美和子さん=当時(72)=は平成十三年一月に他界。忠義さんはお経を唱えた後、毎日、遺影と横に並べたしのぶさんの写真に語りかけている。
この日も美和子さんの遺影に「母ちゃん、しのぶを頼むぞ」と手を合わせ、しのぶさんの写真に「早く帰ってきてくれ。みんな待っているんだ」と話しかけた。
しのぶさんの妹(48)は「ただただ、会いたい一心。どこにいても元気で、幸せであってほしい」と願った。
http://www.kitanippon.co.jp/
電脳補完禄より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1069
投稿者 trycomp 投稿日時 2003-9-25 18:01:35 (73 ヒット)
◆ 失跡者名簿に入善町の屋木さん(当時19歳)
北朝鮮に拉致された可能性のある失跡者の行方を調べる民間機関「特定失踪(しっそう)者問題調査会」は二十四日、「拉致の可能性が排除できない」とする十五人の名簿を公表し、県関係者では昭和四十三年に入善町で行方不明となった同町道古の美容師、屋木しのぶさん=当時(19)=が含まれていた。
十五人は三十一年から平成十三年までの間に行方不明になった男性九人と女性六人。
屋木さんは昭和四十三年一月中旬ごろ、インターンとして働いていた町内の美容院を休み、同町新屋の叔母宅を訪問。叔母が生んだ双子の赤ちゃんのために帽子と靴下を編んでいた。編み終えてから、午後六時半ごろバスに乗った後、消息が分からなくなった。
当日は大雪で所持金や荷物はなく、運転免許証も自宅に置いたままだった。行方不明になる前に自宅近くに住んでいたいとこの妻に失跡後の日を指定して富山市へ遊びに行こうと誘っていた。
屋木さんは身長一五八センチ、中肉だが骨太でがっしりした感じにも見える。目がくっきりした二重でかわいらしい顔立ち。編み物や洋裁をするなど手先が器用で、本を読むのが好きだった。飲酒、喫煙の習慣はなかった。
同調査会に寄せられた失跡者の情報は三百六十人を超える。これまで百八十二人の失跡者を公表し、うち二人は国内での消息が確認されている。県内から調査依頼があるのは屋木さんと、朝日町の水島慎一さん=四十三年、同(18)=、新湊市の荒谷敏生さん=四十九年、同(25)=、福岡町の山田建治さん=五十四年、同(30)=を含む五人。一人は公表していない。
同調査会は同日、これまで公表した失跡者のうち四十九年に不明になった新潟県の県職員、大沢孝司さん=同(27)=ら六人について「北朝鮮による拉致事件の疑いが濃い」として政府に拉致認定を求めると発表した。
現地調査などから「不明となった状況やほかに失跡の理由が見当たらない」として北朝鮮による拉致の疑いが濃厚だと判断。今回の六人を含め、計十二人となった。県関係者はいない。
◆ 「必ず生きている」屋木さんの父
「必ず生きていると信じている。命あるうちに会いたい。連絡がほしい」。
屋木しのぶさん=入善町道古=の父、忠義さん(82)は特定失踪者問題調査会がリストを発表した二十四日、自宅で祈るように話した。
家族や親類が思い当たる先を探したものの消息がつかめず、それでも戻る日を待ち続けて三十五年がたった。
昨年九月の小泉首相の訪朝をきっかけに、親族は拉致を疑った。入善署や外務省に相談。今年二月五日に同調査会に書類を提出し、八月下旬に同調査会が自宅へ聞き取り調査に訪れた。
しのぶさんの写真を見た元工作員が「分からない」と答えたことを聞かされたものの、昭和四十年ごろに自宅近くで、いとこの妻に編み物を習っていた若い女性二人がトラックに連れ込まれそうになったことを伝えたところ、同会のメンバーは「しのぶさんが拉致された可能性は高い」と話したという。
着物を作りためながら、戻ることを願っていた母、美和子さん=当時(72)=は平成十三年一月に他界。忠義さんはお経を唱えた後、毎日、遺影と横に並べたしのぶさんの写真に語りかけている。
この日も美和子さんの遺影に「母ちゃん、しのぶを頼むぞ」と手を合わせ、しのぶさんの写真に「早く帰ってきてくれ。みんな待っているんだ」と話しかけた。
しのぶさんの妹(48)は「ただただ、会いたい一心。どこにいても元気で、幸せであってほしい」と願った。
http://www.kitanippon.co.jp/
電脳補完禄より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1069
これは メッセージ 88291 (sa_bo_ten_02 さん)への返信です.