小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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早く何とかしてあげなくては

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/09/21 12:09 投稿番号: [87521 / 232612]
拉致被害者達を批判する人も、たまにはいますが、私はこれを読むと心が痛くなります。


「私も心配していたのよ」
今年7月、拉致被害者の1人、蓮池薫さんの仕事先で、女性がいきなり握手を求めてきた。薫さんは「ありがとうございます」と手を握り返した。同僚は、以前より落ち着いた反応を示すようになったことに安心した。
 
薫さんは4月から新潟県柏崎市市民活動支援課で「広報かしわざき」の取材を担当。「拉致被害者の蓮池さん」と気付くまで時間がかかる人も少なくない。それくらい薫さんは自然に振舞う。
 
昨年10月に帰国した拉致被害者5人は、徐々に故郷での暮らしを取り戻しているように見える。薫さんは野球大会があると聞くと「俺に話がないぞ。どんな大会だ」と友人に電話をかける。地村保志さん、富貴恵さん夫妻も、友人との旅行などを楽しめるようになった。曽我ひとみさんも自動車の免許証をとった。
 
それでも、自分達が置かれた状況がある意味で特別なことは十分に承知している。5人の周辺関係者は「すごく周囲に気を使っている」と口をそろえる。薫さんは友人と会食の約束をしても、支援者による署名活動予定が入れば「人に署名をしてもらって自分は飲んでいたら、いろいろな感じ方をする人がいるだろう」と取り止める。
 
曽我さんが暮らす新潟県真野町の高野宏一町長は「全国から相当数の衣料品が送られ、曽我さんは『全部着ないと申し訳ない』と言っていた。だが、一時は『義援金をおしゃれに使うな』などと曲解した手紙も寄せられた」と語る。
 
非難めいた内容の手紙を渡さなかったがその後曽我さんは「手紙は全部渡して」と申し出た。同町長は「全て受け止める気になったのだろう」と心中を察する。
  日本での日常生活を取り戻しつつある1年と言う時間は、子供の別離を余儀なくされた時間でもある。親、子、孫の3世代団欒への道筋はまだ見えない。
 
薫さんは母の前ではあまり子供の話を持ち出さない。母親のハツイさんは「薫が帰ってやれやれと思うまもなく孫の存在が分かり、新たな闘いを続けなくてはならないのはつらい」と打ち明ける。
 
ハツイさんは、薫さんの妻の祐木子さんが万景峰号が8月に新潟に入港した際に「子供達が乗っていてくれたら・・・」と呟くのを聞いた。
 
地村保志さんの父、保さんは「2人は、北朝鮮のマスゲームなどの映像は食い入るように見つめる。長女の姿を探しているようだ」と語る。保志さんが「僕らは北から見れば裏切り者。親も子も親類一同罪人になるんだ」と漏らしたこともある。拉致被害者らのため息を押し殺すかのような日々はまだ続く。
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