産経【続く拉致(テロ)】(1)
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/09/21 02:19 投稿番号: [87500 / 232612]
【続く拉致(テロ)】日朝首脳会談から1年(1)すり替え “失踪”…「日本に原因」
昨年九月十六日。日朝首脳会談を翌日に控えた平壌・高麗ホテル。日本のマスコミ各社には朝鮮対外文化連絡協会の「案内員」が配置された。 「日本人拉致問題で進展はみられるだろうか」。この問いかけに、
「呉星宇」と名乗る案内員はすごいけんまくでまくしたてた。「拉致は存在しない。あなたたちは、朝日関係を悪い方向にもっていこうとしている」
金正日総書記は翌十七日、小泉純一郎首相に日本人拉致を認め謝罪した。その夜もう一度、話しかけると、案内員は自信たっぷりに言った。「総書記はすばらしい決断をされた。朝日関係は良い方向に動くだろう」
だが、日本の世論は北朝鮮の思惑とは逆方向に振れた。拉致問題を徹底的に追及し、
被害者を取り戻すための動きが大きな波となった。
あれから一年。蓮池薫さん(四五)ら「生存」とされた被害者五人が二十四年ぶりに帰国した。だが、彼らの子らは北朝鮮に留め置かれたまま。「死亡」とされた八人に関する詳しい説明はなく、作り話のような「死亡経過」が伝えられただけ。
拉致は続いている。
一通の書簡がある。北朝鮮が日本人拉致について、国連人権委員会「強制的失踪(しっそう)作業部会」に今夏、提出した文書だ。
《「失踪」日本人問題は日本の共和国に対する未曾有の敵対政策と一世紀以上にわたり共和国と日本に存在する激しい敵対関係の産物である》
北朝鮮は日朝首脳会談で「拉致」を認めておきながら、国連人権委には「失踪日本人」という表現にすり替えていた。
金総書記は首脳会談ではっきり「拉致」という言葉を使い、小泉首相に背景を説明した。一九七〇−八〇年代初めの間に「一部の妄動主義、英雄主義がやったこと」で、
「特殊機関で日本語学習するための教官が必要だった」「(拉致日本人の)合法的身分を使って南(韓国)に入ることが目的だった」という。 金総書記は「関係者はすべて処分した。おわびしたい」と述べたのだった。それなのに−。この一年で北朝鮮は態度を豹変させた。「拉致が起きたのは日本の敵対政策の結果だ」と。
《日本は共和国に対する約束を覆した。昨年十月に訪日した五人を強制的にとどめおき、帰還を妨害した。彼らは故郷を十五日間訪問することになっていた。国際社会が日本による再拉致を嘆くのも偶然ではない》
国連人権委への文書には、こうも書かれた。
八月末の六カ国協議における日朝協議でも北朝鮮は、帰国した被害者五人の子供らの
帰国問題に触れ、「日本が約束を破った」と繰り返し、突っぱねた。「被害者を北朝鮮に戻し、子供たちと話し合えば、その意思を尊重する」という言葉は問題のすり替えだった。
蓮池さんの兄、透さん(四八)の怒りは収まらない。「日本人をさらっておきながら、『もう一度返せ』なんて、よくいえたものだ。日本政府は何とも思わないのか」
北朝鮮から「日本による再拉致」とまで主張されても、外務省内には「北朝鮮は対話を閉ざしていない。悪い兆候ではない」との空気が漂う。
何の進展もないまま時だけが流れる。被害者本人からは悲痛な言葉が出始めた。蓮池薫さんは言う。「悠長に構えていられない…」 (中村将)
北朝鮮が拉致を認めた首脳会談から一年。この間、被害者五人の帰国はあったが、その家族やほかの多くの被害者の安否は不明のままだ。北朝鮮の不誠実さ、限界を露呈する日本政府の対応、日朝をまたにかけた非政府人脈の横行…。一年たっても何も変わらず、拉致が続く現実を見つめた。
昨年九月十六日。日朝首脳会談を翌日に控えた平壌・高麗ホテル。日本のマスコミ各社には朝鮮対外文化連絡協会の「案内員」が配置された。 「日本人拉致問題で進展はみられるだろうか」。この問いかけに、
「呉星宇」と名乗る案内員はすごいけんまくでまくしたてた。「拉致は存在しない。あなたたちは、朝日関係を悪い方向にもっていこうとしている」
金正日総書記は翌十七日、小泉純一郎首相に日本人拉致を認め謝罪した。その夜もう一度、話しかけると、案内員は自信たっぷりに言った。「総書記はすばらしい決断をされた。朝日関係は良い方向に動くだろう」
だが、日本の世論は北朝鮮の思惑とは逆方向に振れた。拉致問題を徹底的に追及し、
被害者を取り戻すための動きが大きな波となった。
あれから一年。蓮池薫さん(四五)ら「生存」とされた被害者五人が二十四年ぶりに帰国した。だが、彼らの子らは北朝鮮に留め置かれたまま。「死亡」とされた八人に関する詳しい説明はなく、作り話のような「死亡経過」が伝えられただけ。
拉致は続いている。
一通の書簡がある。北朝鮮が日本人拉致について、国連人権委員会「強制的失踪(しっそう)作業部会」に今夏、提出した文書だ。
《「失踪」日本人問題は日本の共和国に対する未曾有の敵対政策と一世紀以上にわたり共和国と日本に存在する激しい敵対関係の産物である》
北朝鮮は日朝首脳会談で「拉致」を認めておきながら、国連人権委には「失踪日本人」という表現にすり替えていた。
金総書記は首脳会談ではっきり「拉致」という言葉を使い、小泉首相に背景を説明した。一九七〇−八〇年代初めの間に「一部の妄動主義、英雄主義がやったこと」で、
「特殊機関で日本語学習するための教官が必要だった」「(拉致日本人の)合法的身分を使って南(韓国)に入ることが目的だった」という。 金総書記は「関係者はすべて処分した。おわびしたい」と述べたのだった。それなのに−。この一年で北朝鮮は態度を豹変させた。「拉致が起きたのは日本の敵対政策の結果だ」と。
《日本は共和国に対する約束を覆した。昨年十月に訪日した五人を強制的にとどめおき、帰還を妨害した。彼らは故郷を十五日間訪問することになっていた。国際社会が日本による再拉致を嘆くのも偶然ではない》
国連人権委への文書には、こうも書かれた。
八月末の六カ国協議における日朝協議でも北朝鮮は、帰国した被害者五人の子供らの
帰国問題に触れ、「日本が約束を破った」と繰り返し、突っぱねた。「被害者を北朝鮮に戻し、子供たちと話し合えば、その意思を尊重する」という言葉は問題のすり替えだった。
蓮池さんの兄、透さん(四八)の怒りは収まらない。「日本人をさらっておきながら、『もう一度返せ』なんて、よくいえたものだ。日本政府は何とも思わないのか」
北朝鮮から「日本による再拉致」とまで主張されても、外務省内には「北朝鮮は対話を閉ざしていない。悪い兆候ではない」との空気が漂う。
何の進展もないまま時だけが流れる。被害者本人からは悲痛な言葉が出始めた。蓮池薫さんは言う。「悠長に構えていられない…」 (中村将)
北朝鮮が拉致を認めた首脳会談から一年。この間、被害者五人の帰国はあったが、その家族やほかの多くの被害者の安否は不明のままだ。北朝鮮の不誠実さ、限界を露呈する日本政府の対応、日朝をまたにかけた非政府人脈の横行…。一年たっても何も変わらず、拉致が続く現実を見つめた。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.