やっぱりね
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/09/18 01:58 投稿番号: [87236 / 232612]
食料支援をしなくなった日本は正しかった。
韓国はこれでも食料支援を続けるのだろうね。
「北、支援食糧は即時軍部隊行きに」
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の江原(カンウォン)道・元山(ウォンサン)港に到着した国際社会の人道支援の食糧は、即時、元山に位置している「第1地区司令部」傘下の部隊と、江原道に配備されている第5軍団など、5個の軍団に輸送され、食糧配給と輸送作業は北朝鮮人民武力部の指示で行われている、との証言が出た。
2002年5月に北朝鮮を脱出し、同年6月に韓国に亡命した陳龍規(チン・ヨンギュ/32歳)さんは、「月刊朝鮮10月号」とのインタビューでこのように証言した。
陳さんは、元山港に到着した支援食糧の配給と引き受け作業の指揮を取った「第1地区司令部」作戦部副部長の運転兵を務めた。
陳さんはインタビューで「国際社会の監視の目を避けるため、食糧輸送に動員された軍用車両のナンバープレートを民間車両のプレートに偽装し、食糧輸送に当たった兵士たちには私服を着させた」とした。
また、「1999年6月頃に国連監視団が派遣された時は、元山の『群衆外貨稼ぎ事業所』の倉庫に食糧を積み込み、住民たちに食糧を配給する場面を演出した」と明らかにした。
陳さんは1988年、私兵として軍に入隊、94年労働党に入党、98年末から2002年1月の退役まで作戦部副部長の運転兵として務めたと、月刊朝鮮は伝えた。脱北した当時、陳さんの階級は中士だった。
陳さんは「支援食糧が到着する頃、人民武力部が各部隊への配給量と必要な汽車の貨車、トラックの数を各部隊に通知する」とし、「5個の軍団の後方司令部が人民武力部からの『出庫指導書』を持参して元山港に来て食糧を受け取った」と説明した。
また、「第5軍団の後方司令部は元山のクァンプンドンに位置しており、他の軍団の後方司令部も元山の近くにある」とした。
陳さんは「第1地区司令部の作戦部が引き受け作業の指揮を取って配給した支援食糧には、98年末国連が送ってきたトウモロコシ2万トンをはじめ、米国からのコメと小麦、韓国からのコメが含まれている」とし、「年に4〜5回、元山港に行って軍部隊に食糧を配給する作業に参加した」と話した。
また、「元山港から入る支援食料は港湾に到着するやいなや、即時、人民軍に渡される」とし、「住民たちは軍が市場に売ったコメを購入するだけ」と付け加えた。
金イング記者
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/87236.html