新潟港抗議行動報告
投稿者: chootabang001 投稿日時: 2003/09/16 22:40 投稿番号: [87024 / 232612]
今日も新潟は暑かったです。8月ほどでないにせよ、9月では珍しいほどの暑さでした。
今回、救う会側もバスで埠頭に入れました。この辺は、以前の抗議が効いたようです。やはり声はあげるべきです。
埠頭先端ではバリケードが二重に張られ、また総連との間に警察車両が配され、互いに相手が見えないようになっていました。これであちらの人数がどうかは、わかりません。
こちらの人数は100人くらい(通行証は120中、10くらい当日キャンセルだったそうです)議員さんを含めれば120人にはなったのでしょうか?
8月に比べると少なく感じました。
現場には救う会新潟の小島会長、万景峰号入港を阻止する会の本里会長と、中津川衆院議員と、森参院議員が見えていました。
各社のカメラは来ていましたが、中継車はNHKくらいだったでしょうか?
以降、時間は大凡です。
10:00
総連が騒ぎ出したことで、蛮刑呆の接近を知りました。
10:10
姿を見せた蛮刑呆に向け、新潟県議からシュプレヒコール開始。
10:20
10分は続いたであろう「帰れコール」(NHKでちらと放映)。総連の声を圧倒。
10:30
接岸とともに船から大音量の音楽。総連の連中に聞かせるには大きすぎる。もちろん、こちらの声をかき消すため。
一時統制がとれなくなりましたが、それでも抗議の声は続きました。
船上では北の小旗をふる朝鮮学校の生徒や老人たち。ピンクのチマチョゴリの女性が目立っていた。
その間、こちらをビデオで撮影している人間が幾人も。
小旗は安物だったらしく、旗竿から外れかけるものがいくつも見受けられた。根本を押さえて振る姿が滑稽。一人が、旗を落としたら、拍手が起こった。旗を壊したり落としたりした人は、チェックされたでしょうね。
乗員や乗客はスタミナ切れしてどんどん人数が減ってゆく。
「殺人者キムジョンイルを倒せ!」とのシュプレヒコールに、一度船内に戻った老人が戻ってきて怒る。事実がもっとも痛いらしい。
11:00
埠頭での活動を終了し、材木会館の集会へ向かう。朝は見えなかった街宣車の姿を見て鬱な気分。
11:30
集会では、近藤議員が見えた他、平沢議員と吉田議員は秘書の方がいらしてました。また、特定失踪者の家族の方も見えていました。
なお、救う会新潟では港での抗議行動は今回で終了するそうです。
ご家族が来ないからか、度重なるので慣れたのか、マスコミや街宣車が少なかったですね。
しかも帰ったら爆破事件に脱線事故で扱い少ない。
それでも定員オーバーのニュース。北に「安全」の概念はないのですね。
そんな危険な船に子どもを乗せてまで、ご機嫌取りをする親って何?
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/87024.html