拉致は辛く悲しいね、どこの国でも
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/09/10 01:23 投稿番号: [86026 / 232612]
「30年親不孝」73年北朝鮮に拉致された漁夫、父の墓地で涙
「お父さん、30年ぶりのご挨拶、申し訳ございません」9日午前、慶尚南道統営(キョンサンナムド・トンヨンシ)のある野山。
1973年に北朝鮮に拉致(らち)されたが、今年7月、北朝鮮から脱出したキム・ビョンド(53)氏が、父親の墓地前でひざまずいたまま、泣きながら、しばらく立ち上がれなかった。
30年という、北朝鮮での抑留期間が本当に長い歳月のように思えた。同氏の話し振りは、慶尚道(キョンサンド)のなまりから強い咸境道(ハムギョンド)のなまりに、黒い髪の毛は半白に変わった。
キム氏が父親の墓地を最後に訪ねたのは、1973年の秋夕(チュソック=韓国の旧盆)だった。同年10月、ハイガイを採取する船「テヨン号」(11トン)に乗ったが、同年11月24日、韓国西海(ソヘ)岸で北朝鮮の警備艇に拿捕された。そして、30年が流れた。
同氏はこの日、自身の北朝鮮脱出を積極的に助けてくれた実弟のビョンノ(46)氏と一緒に墓まいりした。キム氏兄弟は、誠意を込めて準備してきた果物とどぶろくなどを祭事のテーブルに並べて、丁寧におじぎをした後、儀式にそって墓地の周辺にどぶろくもばら撒いた。
キム氏は「北朝鮮でも父親の亡くなった日には、祭事を行い、秋夕になると頭の中で故郷の墓地を描きながら、心の墓まいりをしていた」とし「30年ぶりに父親の墓地を訪ねたが、嬉しく思える一方、もう一方では胸が痛む」と涙声で語った。
キム氏は、北朝鮮拉致被害者家族の会のあっ旋で、今年4月27日、中国北京で80歳の老母と弟ビョンノ氏に会ったときは、金だけ少しもらって北朝鮮へ戻るつもりだった。しかし、老いだ母親に会い、北朝鮮に拉致された当時、生後3カ月くらいだった娘(30)が送った手紙を読んだ後、韓国行きを決心したという。
同氏は「北朝鮮に妻と息子がいて、非常に戸惑ったが、老母と一人で成長した娘のことを思い、韓国行きを決心した」と話した。
金相軫(キム・サンジン)記者
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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