>司馬遼太郎の祖国防衛思想
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/09/08 23:00 投稿番号: [85810 / 232612]
>日露戦争は以降の世界的な戦争に多大な影響を与えた戦争であった。しかしながら、日本は日露戦争をへることによって、火力主義から白兵主義へと退行する。火力主義の強化を学んだ欧米とはまったく正反対である選択を、日本はした。
>結果的に日露戦争は、世界最大にして最強と目されたロシア軍に勝つことで、日本に好影響を与えたと思いきや、戦略・戦術面での数々の失敗を帳消しにし、さらに何の反省も生み出すことはなかった。さらに言えば、この「戦勝」も、日本が優勢な時期に終結しただけであって、長引けば日本の敗戦は必至であり、完全な勝利ではなかった。
久しぶりに、司馬史観という言葉が出てきて、うれしくなりました。
何しろ昔は彼の作品にどっぷり漬かっていたものですから。
一連の彼の著作で印象に残っていることは、特に「坂の上の雲」=日露戦争では、軍部の戦争に対するリアリティがあったと思うのです。
彼我の戦備・戦力の状況等に対する、冷徹な認識をするということでしょうか。
孫子の兵法ではないですが、敵のことを正しく認識し、対応する能力と意思です。
どうもそれが戦後、反省も無く戦術・戦闘基本パターンが決まりいつも同じになってしまったということと、そういうリアリティが失われていったような気がします。
自らの物差しで、相手のことを都合に合わせて計るようなものです。
それが、WWⅡ前では、海軍で机上演習やっても、米国に負けるのに「そこでストップがかかるとか」、そういうリアリティを失い、戦争はやって見なければ分からない。僥倖に賭けるとかのようなことに流れていってしまった気がします。
愚者は経験に学び、
賢者は歴史に学ぶとか。
それと昭和に入ってでしょうか、統帥権問題が表面化し、これが軍部に握られ、軍部が独走したことも彼は重視していたと思います。
取りとめのないレスでした。
これは メッセージ 85791 (kocohadokowatasihadare さん)への返信です.
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