台湾総督府公文類纂
投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/06 10:45 投稿番号: [85393 / 232612]
台湾総督府公文類纂
檜山幸夫 『台湾総督府文書の史料論』 抜粋
一.台湾総督府文書の史料的価値
台湾総督府文書は、日本の外地統治機関たる台湾総督府の行政文書で、日本植民地研究にとって最も重要な基礎的史料であるとともに、日本近代文書学にとっても貴重な公文書史料でもある。
台湾総督府文書は、次の四つの視点から史料学的な位置づけをすることができる。
第一は、該文書が外地支配を組み入れた立憲制国家としての大日本帝国の国家構造と統治構造(1)を解明する基礎的史料であること、第二は、外地の歴史を含めて日本近代史が成立していたことから、その統治史料たる該文書は日本近代史研究にとっても極めて重要な歴史史料であること、第三は、松方正義内閣を大きく揺さぶった文官総督制の導入を巡る台湾総督府官制改正問題における、明治天皇と陸軍との軋蝶事件(2)にみられるように、台湾統治政策が内政史の側面を持っていることで、台湾総督府文書は内政史研究にとっても重要な史料であること、第四は、言うまでもなく台湾統治政策に関する詳細な記録を綴った史料で、しかも原案の立案段階から決定・施行(廃案も含む)までの全ての政策決定過程を綴った統治政策史料であることであろう。
さらに、近代史料学の立場からみると台湾総督府文書には近代行政文書を解明する貴重な資料という側面を持っている。
我が国のアーガイブスは、国立公文書館にみられるようにその貧弱さと質の低さは敢えてここで指摘するまでもないが、少なくとも、日本の歴史研究者は台湾と比べても蓬に遅れているという「後進国日本」の現実を認識すべきであろう。
さらに、我が国では公文書が全面公開されていないことから、歴史学史料としての公文書に対する学問的研究も大幅に遅れている。
かかる状況下で、二○○一年四月から完了主導により情報公開法が施行されそれに向けて各省庁が大量の公文書を破棄しているという現実のなかで歴史学会に求められているのは、各省庁が実際に何を棄てたのかの判断を下せるために、日本の近代行政機関が行政文書をどのレベルから保存し、何をどれだけ保存してきたのかという、近代公文書学の確立であろう。
その際に有力な史料となるのが、唯一体系的に残されてきた台湾総督府文書にほかならない。
台湾総督府の文書保存規則は内務省のそれとほぼ同じものであることから、台湾総督府の現存状態をみることは内務省文書の本来的実態を見る手掛かりとなる。
その意味でも、該文書を外地統治機関文書としてのみ見るのではなく、日本近代行政文書として捉えなおす必要があろう。
二.台湾総督府文書の所在
台湾総督府文書は、一九四五年の敗戦により中華民国政府に接収され、現在、台湾南投県中興新村にある台湾省文献委員会(以下、文献委員会と略す)に保管され一般に公開されている(3)。
文献委員会は、一九四八年に設置され台湾省政府に所属しているが、二○○一年一月から行政機構改革により総統府直轄の国史館の付属機関となる。
文献委員会は、台湾総督府文書の保存・管理・閲覧等の文書館的機能や現在の台湾省政府の行政文書を保管する公文書館的機能の他に、台湾総督府機関が所蔵していた文献資料を引き継ぎこれを閲覧に供するといった図書館的機能、『台湾省通志』をはじめとした資料編纂と刊行や『台湾文献』等の定期刊行物、台湾史関係の資料集や台湾地名辞典等の編纂刊行から台湾総督府文書の中国語翻訳版の刊行といった研究機関的機能、台湾の民俗資料の収集と展示という民俗博物館的機能等、台湾における総合的歴史文化センター的性格を持っている。
台湾総督府文書は、一九八七年に戒厳令が解除されるまでは国家機密文書として非公開であった。
当時の台湾は、中国と内戦状態にあり臨戦体制下にあったこと、一九四八年の二・二八事件以降の国民党による圧政と台湾史研究が禁止されていたことから、該文書に対する関心も評価も低くかった。
このため、文書は農家を借りて保管されるといった状態が長年続き、文献委員会の努力がなければ文書が残されることはなかったといえる。
檜山幸夫 『台湾総督府文書の史料論』 抜粋
一.台湾総督府文書の史料的価値
台湾総督府文書は、日本の外地統治機関たる台湾総督府の行政文書で、日本植民地研究にとって最も重要な基礎的史料であるとともに、日本近代文書学にとっても貴重な公文書史料でもある。
台湾総督府文書は、次の四つの視点から史料学的な位置づけをすることができる。
第一は、該文書が外地支配を組み入れた立憲制国家としての大日本帝国の国家構造と統治構造(1)を解明する基礎的史料であること、第二は、外地の歴史を含めて日本近代史が成立していたことから、その統治史料たる該文書は日本近代史研究にとっても極めて重要な歴史史料であること、第三は、松方正義内閣を大きく揺さぶった文官総督制の導入を巡る台湾総督府官制改正問題における、明治天皇と陸軍との軋蝶事件(2)にみられるように、台湾統治政策が内政史の側面を持っていることで、台湾総督府文書は内政史研究にとっても重要な史料であること、第四は、言うまでもなく台湾統治政策に関する詳細な記録を綴った史料で、しかも原案の立案段階から決定・施行(廃案も含む)までの全ての政策決定過程を綴った統治政策史料であることであろう。
さらに、近代史料学の立場からみると台湾総督府文書には近代行政文書を解明する貴重な資料という側面を持っている。
我が国のアーガイブスは、国立公文書館にみられるようにその貧弱さと質の低さは敢えてここで指摘するまでもないが、少なくとも、日本の歴史研究者は台湾と比べても蓬に遅れているという「後進国日本」の現実を認識すべきであろう。
さらに、我が国では公文書が全面公開されていないことから、歴史学史料としての公文書に対する学問的研究も大幅に遅れている。
かかる状況下で、二○○一年四月から完了主導により情報公開法が施行されそれに向けて各省庁が大量の公文書を破棄しているという現実のなかで歴史学会に求められているのは、各省庁が実際に何を棄てたのかの判断を下せるために、日本の近代行政機関が行政文書をどのレベルから保存し、何をどれだけ保存してきたのかという、近代公文書学の確立であろう。
その際に有力な史料となるのが、唯一体系的に残されてきた台湾総督府文書にほかならない。
台湾総督府の文書保存規則は内務省のそれとほぼ同じものであることから、台湾総督府の現存状態をみることは内務省文書の本来的実態を見る手掛かりとなる。
その意味でも、該文書を外地統治機関文書としてのみ見るのではなく、日本近代行政文書として捉えなおす必要があろう。
二.台湾総督府文書の所在
台湾総督府文書は、一九四五年の敗戦により中華民国政府に接収され、現在、台湾南投県中興新村にある台湾省文献委員会(以下、文献委員会と略す)に保管され一般に公開されている(3)。
文献委員会は、一九四八年に設置され台湾省政府に所属しているが、二○○一年一月から行政機構改革により総統府直轄の国史館の付属機関となる。
文献委員会は、台湾総督府文書の保存・管理・閲覧等の文書館的機能や現在の台湾省政府の行政文書を保管する公文書館的機能の他に、台湾総督府機関が所蔵していた文献資料を引き継ぎこれを閲覧に供するといった図書館的機能、『台湾省通志』をはじめとした資料編纂と刊行や『台湾文献』等の定期刊行物、台湾史関係の資料集や台湾地名辞典等の編纂刊行から台湾総督府文書の中国語翻訳版の刊行といった研究機関的機能、台湾の民俗資料の収集と展示という民俗博物館的機能等、台湾における総合的歴史文化センター的性格を持っている。
台湾総督府文書は、一九八七年に戒厳令が解除されるまでは国家機密文書として非公開であった。
当時の台湾は、中国と内戦状態にあり臨戦体制下にあったこと、一九四八年の二・二八事件以降の国民党による圧政と台湾史研究が禁止されていたことから、該文書に対する関心も評価も低くかった。
このため、文書は農家を借りて保管されるといった状態が長年続き、文献委員会の努力がなければ文書が残されることはなかったといえる。
これは メッセージ 85391 (borninjapan55 さん)への返信です.