日本の台湾統治6
投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/05 23:42 投稿番号: [85318 / 232612]
第二節
社会の変遷
人口の激増
日本の植民地統治時期、総督府は熱帯伝染病に対し、有効な予防・治療をおこない、公衆衛生を強化し、交通、産業、教育などを改善した。このため、台湾の人口は長期にわたり高い出生率を維持し、死亡率が大幅に低下した結果、人口は不断に増加した。一八九六年当時の人口は約二百六十万人で、一九四三年には約六百六十万人(在台日本人を含む)にまで増加した。優に二・五倍も増加したわけで、その増加速度は世界でもトップであった。(注①)
纏足追放と断髪の普及
日本の植民地統治の初期、総督府は、纏足と弁髪、アヘンの三つが台湾社会の悪習であるとみなしていた。しかし、総督府はそれらを一気に禁止するのではなく、学校教育や新聞、雑誌などを通じて、纏足追放と断髪を奨励していった。
一九〇〇年、黄玉階が「台北天然足会」を創設し、その後、各地の有識者からなる「解纏会」、「断髪会」、「風俗改良会」などが設立され、自らがその手本となり、纏足追放と断髪を啓蒙した。その後十余年間、それらの改善の風潮は徐々に高まり、総督府はこの勢いに乗じて、保甲制度を利用した全面的な纏足禁止と断髪を推進した。また警察の監督の下、保正、甲長が各戸を訪問し、纏足と弁髪者の数を調査し、断髪大会などを挙行して改革気風を醸成し、ついに纏足追放と断髪の目的を達成した。
纏足追放と断髪は、女子の生産力を大幅に増加させ、経済発展に大きく寄与した。例を挙げると、簡便な衣服の生産が民衆の気風を変え、新しい服装や靴、帽子産業が勃興した。審美観も徐々に変化し、その後、再び纏足が尊ばれることはなかった。
時間厳守の観念の養成
総督府は、週制と標準時間制度を台湾に導入し、官庁、学校、工場では就業と休息の規則が制定され、勤労者や学生に対し、厳格な時間遵守を要求した。具体的には、出・退勤時にはベルを鳴らし、時間を厳守させたほか、学校では遅刻や早退を厳しく取り締まった。また、鉄道・道路においては時刻表を作成し、乗客に時間通りに乗車してもらい、出発と到着時間を厳守させた。
一九二一年から、日本国内に倣い、毎年六月十日を「時の記念日」に制定し、官庁、団体などを通して、講演会や音楽会などを挙行し、ポスターの掲載、チラシ配布などを通じて時間の重要性を説き、時間厳守、時間重視の精神を養わせ、民衆の日常生活において、時間の標準化と時間厳守の観念を確立させた。
遵法の精神の確立
総督府は、警察と保甲制度を通して社会情勢を監視し、民衆の楽観的認識から犯罪を起こすことのないよう、犯罪防止と秩序維持を徹底的におこなった。 同時にまた、学校や社会教育を通して、近代の法治観念と知識を注入し、秩序と法の尊重を学ばせた。司法は公正と正義を維持し、民衆の信頼を獲得した。これにより、民衆は秩序を重視し規律を守る習慣を養い、遵法の観念を確立した。
近代的衛生観の確立
日本の植民地統治の初期、総督府は積極的に近代的公衆衛生と医療制度を確立した。例を挙げると、水道設備を完備し、民衆に浄化した飲料水を供給したほか、都市の下水工事を再整備した。また、各戸の門前にはごみ箱を設置させ、規則に則った廃棄物処理がおこなわれた。一方、保甲組織を通して、定期的に地域環境の清掃活動を実施した。また、予防注射、隔離消毒、ネズミの捕獲作業、血液検査の強制、薬品支給などの防疫活動をおこなった。
このため、ペスト、マラリア、コレラ、腸チフスなどの伝染病を有効に予防し、台湾人の医療衛生観念と習慣を改めさせた。具体的には、住宅建設において通風、採光、トイレの設置に注意が払われ、また予防注射が接種され、入浴やトイレ後の手洗いが習慣化された。このほか、地面に唾・痰を吐いたり、ごみを捨てたりなどを戒め、定期的に各家庭で大掃除を実施させ、地域の清掃活動への参加を呼びかけた。
【注釈】
①一九三〇年から四一年の間、台湾の人口の年平均増加率は二・五%で、世界主要国の二〜十倍に相当し、世界一位であった。
【研究と討論】
一、台北天然足会会報に掲載された次の「俗諺勧解纏足歌」を読み、下の設問に答えてみよう。
上蒼創造人、男女脚相同。
算是天生成、好走又好行。
可惜◆父母、看作纏脚好。
著縛即是娘、無縛不成様。
女子未暁想、不過看世上。
別人此号様、出在◆◆娘。
老母心肝残、脚帛推緊緊。
①当時なぜ纏足追放が鼓吹されたか。
②女子の纏足を決めたのは誰か。誰が足を縛って(纏足して)いたか。
二、校区内のお年寄りを訪ね、日本植民地統治時期におこなわれた地域清掃活動の状況について聞いてみよう。
(以\xB2
人口の激増
日本の植民地統治時期、総督府は熱帯伝染病に対し、有効な予防・治療をおこない、公衆衛生を強化し、交通、産業、教育などを改善した。このため、台湾の人口は長期にわたり高い出生率を維持し、死亡率が大幅に低下した結果、人口は不断に増加した。一八九六年当時の人口は約二百六十万人で、一九四三年には約六百六十万人(在台日本人を含む)にまで増加した。優に二・五倍も増加したわけで、その増加速度は世界でもトップであった。(注①)
纏足追放と断髪の普及
日本の植民地統治の初期、総督府は、纏足と弁髪、アヘンの三つが台湾社会の悪習であるとみなしていた。しかし、総督府はそれらを一気に禁止するのではなく、学校教育や新聞、雑誌などを通じて、纏足追放と断髪を奨励していった。
一九〇〇年、黄玉階が「台北天然足会」を創設し、その後、各地の有識者からなる「解纏会」、「断髪会」、「風俗改良会」などが設立され、自らがその手本となり、纏足追放と断髪を啓蒙した。その後十余年間、それらの改善の風潮は徐々に高まり、総督府はこの勢いに乗じて、保甲制度を利用した全面的な纏足禁止と断髪を推進した。また警察の監督の下、保正、甲長が各戸を訪問し、纏足と弁髪者の数を調査し、断髪大会などを挙行して改革気風を醸成し、ついに纏足追放と断髪の目的を達成した。
纏足追放と断髪は、女子の生産力を大幅に増加させ、経済発展に大きく寄与した。例を挙げると、簡便な衣服の生産が民衆の気風を変え、新しい服装や靴、帽子産業が勃興した。審美観も徐々に変化し、その後、再び纏足が尊ばれることはなかった。
時間厳守の観念の養成
総督府は、週制と標準時間制度を台湾に導入し、官庁、学校、工場では就業と休息の規則が制定され、勤労者や学生に対し、厳格な時間遵守を要求した。具体的には、出・退勤時にはベルを鳴らし、時間を厳守させたほか、学校では遅刻や早退を厳しく取り締まった。また、鉄道・道路においては時刻表を作成し、乗客に時間通りに乗車してもらい、出発と到着時間を厳守させた。
一九二一年から、日本国内に倣い、毎年六月十日を「時の記念日」に制定し、官庁、団体などを通して、講演会や音楽会などを挙行し、ポスターの掲載、チラシ配布などを通じて時間の重要性を説き、時間厳守、時間重視の精神を養わせ、民衆の日常生活において、時間の標準化と時間厳守の観念を確立させた。
遵法の精神の確立
総督府は、警察と保甲制度を通して社会情勢を監視し、民衆の楽観的認識から犯罪を起こすことのないよう、犯罪防止と秩序維持を徹底的におこなった。 同時にまた、学校や社会教育を通して、近代の法治観念と知識を注入し、秩序と法の尊重を学ばせた。司法は公正と正義を維持し、民衆の信頼を獲得した。これにより、民衆は秩序を重視し規律を守る習慣を養い、遵法の観念を確立した。
近代的衛生観の確立
日本の植民地統治の初期、総督府は積極的に近代的公衆衛生と医療制度を確立した。例を挙げると、水道設備を完備し、民衆に浄化した飲料水を供給したほか、都市の下水工事を再整備した。また、各戸の門前にはごみ箱を設置させ、規則に則った廃棄物処理がおこなわれた。一方、保甲組織を通して、定期的に地域環境の清掃活動を実施した。また、予防注射、隔離消毒、ネズミの捕獲作業、血液検査の強制、薬品支給などの防疫活動をおこなった。
このため、ペスト、マラリア、コレラ、腸チフスなどの伝染病を有効に予防し、台湾人の医療衛生観念と習慣を改めさせた。具体的には、住宅建設において通風、採光、トイレの設置に注意が払われ、また予防注射が接種され、入浴やトイレ後の手洗いが習慣化された。このほか、地面に唾・痰を吐いたり、ごみを捨てたりなどを戒め、定期的に各家庭で大掃除を実施させ、地域の清掃活動への参加を呼びかけた。
【注釈】
①一九三〇年から四一年の間、台湾の人口の年平均増加率は二・五%で、世界主要国の二〜十倍に相当し、世界一位であった。
【研究と討論】
一、台北天然足会会報に掲載された次の「俗諺勧解纏足歌」を読み、下の設問に答えてみよう。
上蒼創造人、男女脚相同。
算是天生成、好走又好行。
可惜◆父母、看作纏脚好。
著縛即是娘、無縛不成様。
女子未暁想、不過看世上。
別人此号様、出在◆◆娘。
老母心肝残、脚帛推緊緊。
①当時なぜ纏足追放が鼓吹されたか。
②女子の纏足を決めたのは誰か。誰が足を縛って(纏足して)いたか。
二、校区内のお年寄りを訪ね、日本植民地統治時期におこなわれた地域清掃活動の状況について聞いてみよう。
(以\xB2
これは メッセージ 85308 (den00_goro さん)への返信です.