「ノモンハン事変」の真相
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/09/05 01:21 投稿番号: [85204 / 232612]
日本がソ連側と互角以上の勝負だった
死傷率はソ連側が1・5倍。長く真実は隠されてきた
ノモンハン事件について「修親」(9月号)に渡部昇一氏が、最近の資料をもとに意外な事実を書いている。
要するに日本が惨敗したと思われたノモンハン事件はロシア側にも日本以上の死傷者があり、それは長く隠されていたのだ。
近年明らかになったソ連の「軍事機密」に依れば、
日本軍
死傷者
17405名
ソ連軍
死傷者
25655名
ただし日本側の戦闘参加者は2万人だから、ほぼ壊滅状態だった。生き残った下士官の大半はピストル自決を遂げた。一方、ソ連側は、なんと20万人が加わり、大量の航空機、速射砲、戦車が投入された。日ソを比較すれば、ソ連側の戦力は日本の10倍であったにもかかわらずソ連の死傷率たるや、日本の一・五倍。効率からいえば日本側が十五倍になるのである!
半藤一利さんの「ノモンハンの夏」は大幅に書き換えなければいけないんじゃありませんか?
それほど凄まじい戦闘がノモンハンで繰り広げられ、日本の軍人の強靱さ、その精神の強さを目撃したスターリンは爾後、第二次世界大戦の最後の土壇場まで満州への突入を躊躇した。
スパイのゾルゲを使って日本が満州国境に老人兵と劣悪な武器を置き、主力が南方へ向くような大謀略を図った。日本はまったくソ連の意思通りに動く操り人形のごとく、ガダルカナル、レイテ、ソロモンをめざして暴走を始める。広島、長崎に原爆を投下されたのを見届けてからスターリンは待機していた兵力を展開させ、満州の荒野を一気に南下させるのである。(宮崎正弘)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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