どこが朝鮮人と日本人の性格が似てる!
投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/02 15:38 投稿番号: [84818 / 232612]
うそつくじゃない!!
「中国・韓国の歴史歪曲」
黄文雄
1997年
光文社
朝鮮半島の「植民地化」は、避けられない歴史の運命
19世紀中葉の東アジアでは、各国とも列強諸国の植民地化の危機にさらされていた。世界超大国の清国までがアヘン戦争で、イギリスに負けて衝撃を受けた。ところが、日本人は、アジアの諸民族よりも早く目覚め、開国し、明治維新に踏み切った。もっとも、それで一躍、帝国主義国家になれたわけではなかった。日清戦争当時でも、日露戦争当時でも、「必勝」と思っていた人はほとんどいなかった。たいてい日本の「必敗」とみるのが、むしろ当時としての国際的な一般的見方や予想であった。当時、東アジア諸民族の一般的な考え方は、列強諸国の東アジア進出への危機感から、日本、朝鮮、中国3国が一緒になって、列強諸国に対応すぺきだというものであったが、甲申政変によって、朝鮮の開化派が一掃された後、福沢諭吉までも、とうとう朝鮮との連携をあきらめて、「脱亜論」を発表し、「亜細亜東方の悪友どもとの謝絶」を公言した。
19世紀という時代は、列強諸国の地球分割がほぼ完了した時代である。地球上の非西洋的文化圏で、列強諸国の植民地に転落しなかった国は、ほんのわずかしかなかった。アヘン戦争以後の清国でさえ、「分割」や「植民地化」の危機にさらされ、四苦八苦するぐらいだから、朝鮮半島は、植民地に転落することが、避けられない状況にあった。歴史はそれを実証している。マルクス主義的史観からいえば、それは「一つの歴史的必然」ではないだろうか。19世紀後半から朝鮮半島は、西風東漸の影響を排除することができず、列強蚕食の場となっていた。英米仏の勢力以外にも、三つの勢力が出現した。それは旧宗主国、清の支配の強化、それに南下するロシア、さらに日本である。まず、日清戦争で清が敗退し、日露戦争では、ロシアが敗退し、日本が残ったのだ。東アジアの不安定要因は、朝鮮半島にあると列強諸国はみていた。日露戦争後の列強諸国のバワー・オブ・バランスからみれば、アジアの「永久安定」のためには、「朝鮮半島の日本保護国化」がどうしても必要であった。だから、日露戦争後に締結されたポーツマス条約(1905年)では、ロシアもそれを承認し、アメリカのルーズベルト大統領も「自立できない国家はそれしかない」とそれを認め、東洋平和のために「将来の禍根を根絶するためには、韓国の保護化が絶対必要」と小村寿太郎外相に述ぺていた。かくて、桂・タフト米陸軍長官との協定(1905年)でも、イギリス政府は朝鮮の日本の保護国化を承認したのだった。
当時は帝国主義時代でいわば地球規模の戦国時代であり、新時代に取り残された弱小国の存続は困難であった。
これは メッセージ 84817 (kurakurashichau さん)への返信です.
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