似非の極み
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/08/28 18:45 投稿番号: [84088 / 232612]
8月26日付・編集手帳
から
見かけはそれらしくて、実はそうでないものを「似非(えせ)」という。本物だけで成り立つ社会はないから至る所に似非はついて回るが、かの国には多すぎる◆ユニバーシアード大会が開かれている韓国で市民団体と北朝鮮の報道陣が衝突し、市民団体の二人が記者に殴られて負傷した。金正日政権の打倒を訴えるプラカードが発端という◆自分の国が侮辱されたら誰しも憤る。その感情をペン先に伝えるのが記者であり、腕ずくは似て非なる者の所業だろう。ペン先に伝えたところで北朝鮮国内ではありのまま報道できないのだ、というのなら、国名にうたう「民主主義」は似非の極みというほかない◆「万(マン)景(ギョン)峰(ボン)92」号が新潟に入港した。北朝鮮側は、在日の人々と母国を結ぶ「人道の船」だと言う。拉致被害者の子供たちは人質のように北朝鮮に留め置かれ、両親に会えないでいる。「人道」の上にも「似非」の二文字が要る◆北朝鮮が開発を進めているミサイルは、部品の九割が日本製といわれる。北朝鮮の元技師は今年五月の米上院公聴会で、密輸には万景峰号が使われていると証言した◆似非の語源の一つに、古語「えしもの」(荒賊=荒々しい賊徒)から転じたとの説がある(小学館「日本国語大辞典」)。一方通行の人道を説く前に、「えしもの」の疑惑を晴らすのが先である。
これは メッセージ 84087 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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