日本人は隣人愛や兄弟愛から
投稿者: fumufumun483 投稿日時: 2003/08/21 23:07 投稿番号: [83164 / 232612]
何度もこのトピで論じてるが、戦争を日本兵は自分の身近の人、自分の故郷を守る事が第一であった。
決して天皇ではない。
北朝鮮と戦前の日本を同視するが、金正日は贅沢三昧。。日本の首脳部は天皇をはじめ東条でさえつつましい生活であった。首相官邸の庭はサツマイモ畑になった。
ニュースを見ていると、今が楽しければいいという主張をしている若者が多い。実際、私の
周りにもそういう人間が多い。(そうではない人ももちろんいるが)なぜだ?といつも思う。
本当にありがたいものを見失っている。何もかも”ある”のが当たり前になり、価値観がマヒ
しているとしか思えない。もはや平和ボケしているのだ。すぐ辛さから逃げ、踏ん張りのきかない
人間の、なんと多いことか。50〜60年前という、そう遠くない昔に学業半ばで戦争に駆り出され
青春を奪われ人生の目標すら絶たれて殺された若者たちがいた。私は遺書やいろいろな
資料を見ていくうちに当時の若者が、いかにすばらしかったかに気がついた。
なにがすばらしいのかと言うと、愛する者のために自らの生命を絶つことができるということだ。
決してきれい事ではない。そうそうできることじゃないし、実際に死んでいったのだから。
では、私にそれができるかというと、残念ながら「分からない」としか言えない。愛する人たちと
いえば肉親しかいないが、肉親のために死ねるかというテーマに答えを用意しても、あくまで
想像の域を出ないからだ。しかし、残念ながら爆弾を抱えた航空機に乗って敵艦にぶつかる
勇気はなさそうだ。特攻が今でも現代人の心に影響を与えるのはそれを実行した勇気にあると
思う。特攻の資料によると、パイロットはレーダーや敵戦闘機との遭遇を避けるため低高度から
進入し敵艦に突入する時は一気に高度を上げて3000m位から急降下するのだという。
天候にも左右されるが突入角度は45ないし55度。急降下する飛行機は600km〜700kmという
高速で移動するので一度でも目をつぶるとコースがそれる。目をつぶらずにぶち当たるのである。
それだけ想像してもできそうもない。私だったらまず離陸した時点で死にたくないと思い始める
だろう。もし敵艦上空にたどり着いたとしても、ビビッて震えが止まらなくなる。泣き出してしまうと
思う。ついにはどこかに着陸地点を探すか、海面に不時着して生き延びようと考えるはずだ。
そして卑怯者とののしられないよう、ひとけのない場所で終戦までコッソリ暮らすだろう。なにしろ
敵艦に激突した瞬間死ぬのだ。自分の体がバラバラになり視界がプッツリ途切れるなんて、考えた
だけでも恐ろしい。命あってのものだねである。どんなにカッコつけようが、死んでしまったら何も
残らない。人生は一度きりなんだから。死体も残らない死に方など絶対イヤだ。
これは現代人である私の正直な思いである。
回天や伏竜などの海中特攻なんて言うまでもなく、バラバラになった自分の死体を魚がついばみ
骨など海流に流されて永遠に海の中である。そんなの絶対イヤだ・・。
ちなみに高度3000mといえば、ちょうどスカイダイビングをする高度だ。TVなどでこれを見つつ
特攻を想像すると、やはり怖いと思う。飛び降り自殺の比ではない。急降下するにつれ、ぐんぐん
迫ってくる敵艦に照準を合わせ、操舵しつつ突っ込むのだ。しかも海に落ちてしまったら無駄死にだ。
ああ、これは絶対怖い。国難を救うためとはいえ、当時の若者はよくこれを実行したものだ。
しかも彼らは国の強制的な命令(徴兵猶予停止)で、学業半ばにして戦場へ駆り出されたのだ。
(特攻に行かされた若者の大半は昭和18年の出陣学徒)
特攻隊員、それは現代人から見れば犠牲者でしかない。かわいそうだ。だが当時の若者は死を
恐れない教育を受け、上官の理不尽な暴虐にも耐え、国の未来を案じ自ら志願していったのである。
私は彼らの冥福を祈るとともに、彼らの至純の行動に感謝したい。特攻隊の出撃は米艦隊の行動
(本土への接近)を抑制し、ついには米軍将兵に尊敬の念さえ抱かせたのだ。
と同時に、今の日本と日本人が、果たして彼らの思いを受け継いでいるかと、真剣に悩むのである。
特攻隊は現代の我々のために死んだと言っても過言ではない。平和が当たり前の時代。
飽食の時代と言われる今、命の大切さ、人間の偉大さを考え直し、かつて祖国のために自らの
生命をなげうった若者がいたことを忘れないようにしたい。
決して天皇ではない。
北朝鮮と戦前の日本を同視するが、金正日は贅沢三昧。。日本の首脳部は天皇をはじめ東条でさえつつましい生活であった。首相官邸の庭はサツマイモ畑になった。
ニュースを見ていると、今が楽しければいいという主張をしている若者が多い。実際、私の
周りにもそういう人間が多い。(そうではない人ももちろんいるが)なぜだ?といつも思う。
本当にありがたいものを見失っている。何もかも”ある”のが当たり前になり、価値観がマヒ
しているとしか思えない。もはや平和ボケしているのだ。すぐ辛さから逃げ、踏ん張りのきかない
人間の、なんと多いことか。50〜60年前という、そう遠くない昔に学業半ばで戦争に駆り出され
青春を奪われ人生の目標すら絶たれて殺された若者たちがいた。私は遺書やいろいろな
資料を見ていくうちに当時の若者が、いかにすばらしかったかに気がついた。
なにがすばらしいのかと言うと、愛する者のために自らの生命を絶つことができるということだ。
決してきれい事ではない。そうそうできることじゃないし、実際に死んでいったのだから。
では、私にそれができるかというと、残念ながら「分からない」としか言えない。愛する人たちと
いえば肉親しかいないが、肉親のために死ねるかというテーマに答えを用意しても、あくまで
想像の域を出ないからだ。しかし、残念ながら爆弾を抱えた航空機に乗って敵艦にぶつかる
勇気はなさそうだ。特攻が今でも現代人の心に影響を与えるのはそれを実行した勇気にあると
思う。特攻の資料によると、パイロットはレーダーや敵戦闘機との遭遇を避けるため低高度から
進入し敵艦に突入する時は一気に高度を上げて3000m位から急降下するのだという。
天候にも左右されるが突入角度は45ないし55度。急降下する飛行機は600km〜700kmという
高速で移動するので一度でも目をつぶるとコースがそれる。目をつぶらずにぶち当たるのである。
それだけ想像してもできそうもない。私だったらまず離陸した時点で死にたくないと思い始める
だろう。もし敵艦上空にたどり着いたとしても、ビビッて震えが止まらなくなる。泣き出してしまうと
思う。ついにはどこかに着陸地点を探すか、海面に不時着して生き延びようと考えるはずだ。
そして卑怯者とののしられないよう、ひとけのない場所で終戦までコッソリ暮らすだろう。なにしろ
敵艦に激突した瞬間死ぬのだ。自分の体がバラバラになり視界がプッツリ途切れるなんて、考えた
だけでも恐ろしい。命あってのものだねである。どんなにカッコつけようが、死んでしまったら何も
残らない。人生は一度きりなんだから。死体も残らない死に方など絶対イヤだ。
これは現代人である私の正直な思いである。
回天や伏竜などの海中特攻なんて言うまでもなく、バラバラになった自分の死体を魚がついばみ
骨など海流に流されて永遠に海の中である。そんなの絶対イヤだ・・。
ちなみに高度3000mといえば、ちょうどスカイダイビングをする高度だ。TVなどでこれを見つつ
特攻を想像すると、やはり怖いと思う。飛び降り自殺の比ではない。急降下するにつれ、ぐんぐん
迫ってくる敵艦に照準を合わせ、操舵しつつ突っ込むのだ。しかも海に落ちてしまったら無駄死にだ。
ああ、これは絶対怖い。国難を救うためとはいえ、当時の若者はよくこれを実行したものだ。
しかも彼らは国の強制的な命令(徴兵猶予停止)で、学業半ばにして戦場へ駆り出されたのだ。
(特攻に行かされた若者の大半は昭和18年の出陣学徒)
特攻隊員、それは現代人から見れば犠牲者でしかない。かわいそうだ。だが当時の若者は死を
恐れない教育を受け、上官の理不尽な暴虐にも耐え、国の未来を案じ自ら志願していったのである。
私は彼らの冥福を祈るとともに、彼らの至純の行動に感謝したい。特攻隊の出撃は米艦隊の行動
(本土への接近)を抑制し、ついには米軍将兵に尊敬の念さえ抱かせたのだ。
と同時に、今の日本と日本人が、果たして彼らの思いを受け継いでいるかと、真剣に悩むのである。
特攻隊は現代の我々のために死んだと言っても過言ではない。平和が当たり前の時代。
飽食の時代と言われる今、命の大切さ、人間の偉大さを考え直し、かつて祖国のために自らの
生命をなげうった若者がいたことを忘れないようにしたい。
これは メッセージ 83159 (kurakurashichau さん)への返信です.