>朝鮮学校の受験資格は当然のこと
投稿者: moriya99 投稿日時: 2003/08/03 16:02 投稿番号: [81297 / 232612]
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朝鮮学校の受験資格を認めないというのは民主主義国家として恥ずべきことです。
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恥ずべきことかどうか、分かりませんが、案外、チャンス到来なのかも知れませんね。
具体的な内容を知らないので、推論になりますが、朝鮮学校を正規の教育と既定すれば、日本をボロクソに言ったり、半日感情を煽るような教育に歯止めを掛けることはできますね。
正規の教育資格となれば、一定の内容を満たさなくてはならない。必須の履修科目や単位も決まってきます。
反日一色の学校ではいられなくなりますね。文部省の管理下に入るということになりませんか。
朝鮮語の習得とか、その他、祖国を知る教科を盛り込む特色は出せても、日本ボロクゾ教育は封じ込められますねえ。
案外、これ、「在日」側の譲歩かも知れないですね。今まで、「日本ボロクソ」教育は廃止できない、と突っ張っていたのが、突っ張りきれなくなったのかも。内部の突き上げもあったかも。「在日」と言っても三世、四世になれば、日本の文化に染まっていきている…。事情も変わって来ていて当然ですし、強硬だった総連などの力も弱まっているので可能になったのかも、ですね。
案外、いいことかも知れない。
在日の人たちからみても、日本と対立という二極的価値観で生きるより、日本のために、祖国のために、世界のために貢献するような生き方ができるのが一番、望ましいと考えるようになれば理想じゃないですか。
日本人も国境というものを、改めて、考え直すということも必要かも…。
私にしても、「愛国心」というのは、うさん臭い、と感じている。父祖の地を愛する、父祖の営みの優れたものを受け継ぐ、愛し、大事にしていくのは、わざわざ言われなくても、あるものですわ。
それを忘れたら人間はお終い。成り立たない…。アイデンティティの問題を否定する人はいないでしょう。父祖の営みを大事にして国際的な協調もやっていく。貢献の道を探る。当たり前のこと。矛盾することじゃない。
だが、国境の緊張を煽るようなスローガンになると、誰のためにですか、と問いたくなる…。
これは、「在日」でも、日本人でも、人間としてのあり方としては共通でしょう。
朝鮮学校の受験資格授与が、日本と朝鮮半島という二国間の対立感情から抜け出す方向を示めすなら、悪いことじゃないですね。
これは メッセージ 81128 (ike296 さん)への返信です.
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