崇高かどうかは関係ないだろう
投稿者: gildjp 投稿日時: 2003/07/30 20:50 投稿番号: [80430 / 232612]
事実として「差別」というものがある。
1.是正していくべきだ、という考えと、
2.是正は必要ない、という考えと、
3.是正は必要だが、無理だ、という考えと、
人それぞれに思いがある。
このうち俺は「是正していくべきだ」と考える。それだけのことだ。俺がどうか、それこそ心の中をのぞけば差別心はあるかもしれん。だが、「差別は是正していくべきだ」というのは本気で思ってるし、そこに偽りはない。それでは駄目なのか?
それこそ、あなたは2か3なのだろうが、それを発言して、どうなる。それこそ前にも書いたとおり、自分の悲観論を他人に押し付けてるだけではないのか?
「是正すべきだ」という意見に対して「きれいごとで解決できない」と言う意見。きれいごとでなければ、どうやって解決するのか?放置すればいいというのか?どうなの?
これは メッセージ 80427 (beer2please さん)への返信です.
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