真実の歴史を掘り起こそう4
投稿者: ahoahoahochann7 投稿日時: 2003/07/14 22:20 投稿番号: [78085 / 232612]
(中略)
私は、毎日のようにバルコニーへ出て、引揚げ列車が無事に漢江の鉄橋を渡りきるのを見送った。やがて、私自身も暮れ近い鉄橋を、引揚げ列車で渡った…
引揚げ列車といっても貨車にむしろをひいたものである。隙間から研ぎ澄ました刃のような寒風が入るのである…
危険なのは、途中で汽車をすめることである。停車すると、たちまち群衆が押し寄せて金をせびり、女を引きずり出そうとした。機関手や車掌が3万円、5万円というチップ要求し、誰もそれを出さぬと、「機関車が故障を起こした」といって山中や野原で、ガタンと車を停めたこともあった。
(中略)
引揚げ列車が出る竜山駅へ、くる日もくる日も、延々と長蛇の列が続いている。ひとり者のBのお婆さんが、竜山へ出かけたばかりなのにあわただしく帰って来て、ガラン洞の我が家で泣いていたこともあった。訪ねてゆくと、「私はもう、国へ帰れない」と言って、身もだえしているのである。「婆さんしばらく、あんたも帰るんですか」となれなれしく近寄る若い男があるので、「ながながお世話さまで」と挨拶すると、「その荷物、私が担いで上げましょう」と親切気に取り上げて、その男は間もなく人ごみの中へ姿を消してしまったのであった。もしや元の家へ戻ってはいはせぬかと来てはみたが、「もう誰もいやしません」と、身寄りのないこのお婆さんはサメザメと泣き伏した。
駅前で用を足している間に、最後の財産であるトランクを盗まれてしまった人もあった。血まなこになって走り回ると、2、3町先の路傍でそれを開いて、セリ売りを始めている男がある。「それは僕のものだ」と言い寄ると、その男は「ナニッ!なんの証拠があって、そんな言い掛かりをつけるのか」とつかみ掛かるのであった。群集が、「なんだ、なんだ」と取り囲むと、打つ、殴る、蹴るの狼藉。――たちまち、顔も手も血と泥にまみれて動かなくなってしまった。
路傍では、ツギのあたったあわせや、赤子のオシメを指でつまみながら売っているのを見たこともある。「こんなものまで盗らなくてもよさそうなものだ」と思った。それと同時に、こんなものをせめてもの財産として大事に持って帰ろうとした人には、どんなに深刻な痛手であろうと思うと、とめ度もなく涙が溢れ出るのであった。
戦時中の朝鮮人強制連行の発掘作業は、人権問題として反日左翼・市民団体によって熱心に進められており、新聞・テレビなどで目にすることも多いが、日本人の悲劇は彼らの関心の対象外のようだ。
これは メッセージ 78083 (ahoahoahochann7 さん)への返信です.
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