Parallel Lines 最終章
投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2003/06/13 08:57 投稿番号: [73825 / 232612]
属国の悲哀
松平広忠の死後、竹千代君は、成人するまでは万事、今川義元が取り計らう事になり岡崎領は完全に今川氏の保護領になった。
竹千代君が駿府で肩身の狭い毎日を送る中、岡崎領の松平氏の家臣達は風前の灯火である主君の忠誠心のみを拠り所に、悲惨な生活を強いられていた。
領地からあがる年貢はことごとく今川氏が取り上げ、竹千代君に少し程の手当てを渡しただけである。
せめて、松平氏の本領山中2千石を渡す様、懇願したが、今川殿はこれを拒否。
禄をもらえぬ家臣達は、食べる為百姓同然に刀を鋤にかえ、田畑を開墾した。
また、駿河より派遣されている今川氏の将兵に対して、その腰をかがめ、身をすくめ、はいつくばって機嫌をとった。
武士として、最大の屈辱も、竹千代君に、もしもの事があれば、それはまた家臣達の滅亡も意味しており、喜んで武士の恥を晒したのである。→劣勢の状態における最善の選択→時代&環境
しかしながら、年に数回勃発する織田軍との戦闘には、松平の家臣はいつも最前線に立たされた。→年貢は搾り取ったので、次の貢物、肉&血を搾取された。
そのたびに一族が死んでゆき、今川氏は松平の譜代衆を皆殺しにしようと欲しているのではという思いを持ったといいます。
当時、東西2つの巨大勢力に挟まれ、自立し得ぬ苦しみ悲しみを飲まされた松平家臣はそのなかで一条の希望、主君の帰国と独立の夢を失わなかった。
家康公が15歳の折、今川義元に許され岡崎に墓参りのために帰国が許された。
老臣鳥居伊賀守忠吉は密かに、家康を深い倉へ案内して「わが君がご帰国になり、御家を再興し、御家人を養い、また軍備を整える時の費用にと思い、一同長い事かけて密かにたくわえました。」と云って、金銭・糧米などを見せ、主従手を取り合い泣いたと言われます。
今川殿は松平氏の主従間の離反を試みたが、成功しなかった。→家臣達が賢明で、大人の対応ができたからと思います。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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