田中事件はゾルゲ情報漏洩事件に匹敵??
投稿者: koohadokowatasihadare 投稿日時: 2003/05/31 21:44 投稿番号: [72229 / 232612]
ゾルゲ事件にも朝日の記者が。。田中は米国からの情報を北朝鮮に流してないだろうか??米朝交渉の妨害をしてないか、心配です。
ゾルゲ事件(ぞるげじけん)
太平洋戦争中のスパイ摘発事件。
1941年(昭和16年)9月28日、和歌山県粉河町の元アメリカ共産党員北林トモが伊藤律の密告により検挙されたのを皮切りに、翌年6月8日までに諜報員17名、情報提供者18名の35人が摘発された。このグループは、コミンテルンの対ソ侵略防止スパイ機関として、ゾルゲと尾崎秀実らが中心となって活動したもので、34年(昭和9)5月以降、日本の軍事、政治、経済関係等の情報約400件を提供した。ゾルゲは、来日する前の中国滞在時にもかなりの規模のスパイ組織を持っていて、尾崎秀実は、共産主義者アグネス・スメドレーとの関係で、その組織に関わったと言われている。赤軍第4部やコミンテルンの命で日本に来たゾルゲは、中国滞在時に知り合ったドイツ軍関係者らのつてでドイツ新聞フランクフルター・ツァイトゥング紙の記者、ドイツ大使館顧問となった。ドイツ大使館では、ゾルゲが検挙されたとき、間違いだと思って釈放を要求している。この組織は、軍人、政治関係者だけでなく右翼や左翼、ジャーナリストらも関わっており、広範囲な組織であった。検挙後、治安維持法、国防保安法、軍機保護法違反で起訴。宮城は43年8月2日獄死し、同年9月19日にゾルゲ、尾崎が死刑の、ブケリッチとクラウゼンが無期懲役の判決が出され、翌44年4月上告棄却、刑が確定した。情報提供者の内8人は釈放されたが、諜報員は全員有罪となり、同年11月7日ゾルゲと尾崎は死刑が執行された。戦後、ソ連はゾルゲの名誉を回復し勲章を与えた。彼は、愛人であった石井花子の手で多摩墓地に葬られている。
諜報関係者として検挙された者
人名 役職 検挙日 備考
北林トモ 裁縫学校教師 41. 9.28 元アメリカ共産党員
宮城与徳 洋画家 41.10.10 元アメリカ共産党員
秋山幸治 無職 41.10.13
九津見房子 会社員 41.10.13 元共産党員
尾崎秀実 満鉄嘱託 41.10.15 日本側組織の代表
水野成夫 坂本記念館職員 41.10.17
リヒャルト・ゾルゲ 独紙記者、大使館顧問41.10.18 組織の代表
マックス・クラウゼン 通信技師 41.10.18
ブランコ・ド・ブケリッチ アバス紙記者 41.10.18 ユーゴスラヴィア人
アンナ・クラウゼン 41.11.19 マックスの妻
山名正実 会社員 41.12.15 農業問題研究家
川合貞吉 会社員 41.12.22
田口右源太 ブローカー 41.12.29
船越寿雄 支那問題研究所員 42. 1. 4
河村好雄 満洲日日新聞社員 42. 3.31 上海支局長
小代好信 会社員 42. 4.11
安田徳太郎 医者 42. 6. 8
情報提供者として検挙された者
人名 役職 検挙日 備考
北林芳三郎 無職 41. 9.28 トモの夫 釈放
岡井安正 東大生 41.10.11 釈放
芳賀 雄 国際経済調査部員 41.10.12 釈放
鈴木亀之助 ブローカー 41.10.13 釈放
松本五男 支那研究室事務員 41.10.18 釈放
高橋ゆう 満鉄東京支社員 41.10.22
明峰美恵 内閣情報局嘱託 41.10.25
篠塚虎雄 工場主 41.11.14 釈放
武田 武 職工 41.11.24 釈放
武田とし子 無職 41.11.24
田中慎次郎 東京朝日新聞社員 42. 3.15 政治経済部長
菊地八郎 都新聞記者 42. 3.16 陸軍省担当
西園寺公一 内閣嘱託 42. 3.16 元外務省官僚
犬養 健 前代議士 42. 4. 4
海江田久厚 満鉄職員 42. 4.11 奉天駅員
後藤憲章 満鉄職員 42. 4.11 鉄路総局員
宮西義雄 満鉄職員 42. 4.13 東京支社調査員
\xB0
ゾルゲ事件(ぞるげじけん)
太平洋戦争中のスパイ摘発事件。
1941年(昭和16年)9月28日、和歌山県粉河町の元アメリカ共産党員北林トモが伊藤律の密告により検挙されたのを皮切りに、翌年6月8日までに諜報員17名、情報提供者18名の35人が摘発された。このグループは、コミンテルンの対ソ侵略防止スパイ機関として、ゾルゲと尾崎秀実らが中心となって活動したもので、34年(昭和9)5月以降、日本の軍事、政治、経済関係等の情報約400件を提供した。ゾルゲは、来日する前の中国滞在時にもかなりの規模のスパイ組織を持っていて、尾崎秀実は、共産主義者アグネス・スメドレーとの関係で、その組織に関わったと言われている。赤軍第4部やコミンテルンの命で日本に来たゾルゲは、中国滞在時に知り合ったドイツ軍関係者らのつてでドイツ新聞フランクフルター・ツァイトゥング紙の記者、ドイツ大使館顧問となった。ドイツ大使館では、ゾルゲが検挙されたとき、間違いだと思って釈放を要求している。この組織は、軍人、政治関係者だけでなく右翼や左翼、ジャーナリストらも関わっており、広範囲な組織であった。検挙後、治安維持法、国防保安法、軍機保護法違反で起訴。宮城は43年8月2日獄死し、同年9月19日にゾルゲ、尾崎が死刑の、ブケリッチとクラウゼンが無期懲役の判決が出され、翌44年4月上告棄却、刑が確定した。情報提供者の内8人は釈放されたが、諜報員は全員有罪となり、同年11月7日ゾルゲと尾崎は死刑が執行された。戦後、ソ連はゾルゲの名誉を回復し勲章を与えた。彼は、愛人であった石井花子の手で多摩墓地に葬られている。
諜報関係者として検挙された者
人名 役職 検挙日 備考
北林トモ 裁縫学校教師 41. 9.28 元アメリカ共産党員
宮城与徳 洋画家 41.10.10 元アメリカ共産党員
秋山幸治 無職 41.10.13
九津見房子 会社員 41.10.13 元共産党員
尾崎秀実 満鉄嘱託 41.10.15 日本側組織の代表
水野成夫 坂本記念館職員 41.10.17
リヒャルト・ゾルゲ 独紙記者、大使館顧問41.10.18 組織の代表
マックス・クラウゼン 通信技師 41.10.18
ブランコ・ド・ブケリッチ アバス紙記者 41.10.18 ユーゴスラヴィア人
アンナ・クラウゼン 41.11.19 マックスの妻
山名正実 会社員 41.12.15 農業問題研究家
川合貞吉 会社員 41.12.22
田口右源太 ブローカー 41.12.29
船越寿雄 支那問題研究所員 42. 1. 4
河村好雄 満洲日日新聞社員 42. 3.31 上海支局長
小代好信 会社員 42. 4.11
安田徳太郎 医者 42. 6. 8
情報提供者として検挙された者
人名 役職 検挙日 備考
北林芳三郎 無職 41. 9.28 トモの夫 釈放
岡井安正 東大生 41.10.11 釈放
芳賀 雄 国際経済調査部員 41.10.12 釈放
鈴木亀之助 ブローカー 41.10.13 釈放
松本五男 支那研究室事務員 41.10.18 釈放
高橋ゆう 満鉄東京支社員 41.10.22
明峰美恵 内閣情報局嘱託 41.10.25
篠塚虎雄 工場主 41.11.14 釈放
武田 武 職工 41.11.24 釈放
武田とし子 無職 41.11.24
田中慎次郎 東京朝日新聞社員 42. 3.15 政治経済部長
菊地八郎 都新聞記者 42. 3.16 陸軍省担当
西園寺公一 内閣嘱託 42. 3.16 元外務省官僚
犬養 健 前代議士 42. 4. 4
海江田久厚 満鉄職員 42. 4.11 奉天駅員
後藤憲章 満鉄職員 42. 4.11 鉄路総局員
宮西義雄 満鉄職員 42. 4.13 東京支社調査員
\xB0
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.