>そのとき歴史は動いた
投稿者: baka_ja_naino 投稿日時: 2003/05/29 15:02 投稿番号: [71811 / 232612]
>この当時日本は自国のことを倭国なんて呼んでたのかな?
「倭」は支那が周辺国を東夷・南蛮・西戎・北狄などと呼んだ蔑称の類で、支那が我が国を呼んだ国名です。それまで我が国の使節が支那を訪れるときは、倭国の使いであると称してへりくだるのが通例でしたが、聖徳太子は607〜609に小野妹子を隋に派遣した時、隋の煬帝(ようだい)に送った親書に「日出処天子、日没処天子に書を致す。恙無きや」と書きました。この文章は日本書紀では「東の天皇(すめらみこと)が西の皇帝(きみ)に」と書かれており、中国の文書にもこの「日出処天子」の語句が残っています。「日本」という国号は「日出処」から生まれ、7世紀末頃から使用され始めたといいます。
なお、「和」は「倭」のあて字であり、「和をもって尊しと為す」は国号に掛けて各勢力が融和してこの国を運営していこうという呼びかけでもあるのでしょう。
これは メッセージ 71680 (ternip2001 さん)への返信です.
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