小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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さくら

投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2003/05/24 06:53 投稿番号: [70940 / 232612]
sofiansky2003 さんのNo.70642投稿を読んでいて、貴方の投稿に来ました。

>明治時代のエリートは、当時の日本人がいまだにほとんど蛮服を身に着けていると嘆いたそうです。
蛮服って、和服のことですよ。(笑)
つまり、西洋風でないと野蛮だという意識。
   ↑
確かに、当時の、鹿鳴館の招待状が届いた家は洋装支度に大慌ての様子は手記などで興味深いです。

しかし、明治時代の支配層が和服を蛮服との発言はあくまでも、それまでの中国から学ぶ「和魂漢才」から西洋に学ぶ「和魂洋才」という概念に切り替え、発奮した表現と思います。

また、徳川慶喜は幕政改革に乗り出したおり、仏国公使Roshに依頼して軍制改革に力を入れ、その軍事力の強化を図りました。(長州再征伐失敗が慶喜にあったと言います。)
まず、旗本が個別的軍役をやめ、金を納めさせて兵卒を養う(小栗忠順の発案による)というものですが、知行取りの旗本など、年貢の約半分を取られ、「あらうらめしの小栗殿」と愚痴を言ったとあります。

そして、旗本以下の家臣は銃隊に編入され、茶坊主なども西洋風の髪に洋服を着て、鉄砲を持たされました。

さらに仏国の勧めで、仏国から、20数名程の軍事教官を招き、歩兵・騎兵・砲兵より構成される西洋式軍隊が組織→と同時に仏式の軍服類も日本に送られ、日本人も着用しました。

士官服は日本人にもなじんだそうですが、兵士服は靴や服が大きくて、長刀を帯びていたため、上衣が浮いて、猿の尻尾のようだと酷評されたとあります。
このころ、海軍の整備のため、軍艦の購入もおこなわれ、とくせん殿も世界に向けて、近代化を必死ではかられた訳で、むしろ、当時の日本人の勇気と先見に敬意を抱きます。

時を経て、現在の国難時、日本人は米国から本格的に「和魂米才」に学ぶ時ではと思います。

初代Rockefeller翁は教会の庭で、他に比べて一輪だけ豊かに美しく咲いたAmerican Beauty の薔薇を取り、子供達にこう言いました。
「このAmerican Beauty は他の薔薇の養分を吸って、一輪だけ、大きく咲くのですよ。」と。

さくらは一斉に霞みの如く咲きます。
散り際も咲く時と同様に美しい。

”さくら・・・さくら・・・今、咲き誇る
刹那に散り行く運命と知って”By masa4618さん

その死生観は悠久に連なる平安を感じます。

大和魂=悠久の世界観を共有しています。

>一方、中国や朝鮮では、日本人が欧米人のマネをして、古くからの伝統文化をいとも簡単に捨て去ろうとしているのをみて、軽蔑していたとか・・・。
   ↑
魂の抜け殻の上に民族の衣&Ideologyの衣を被って、声高に物申す現代の彼等こそ世界に於ける、Identity,自己の存在証明を検証すべきであり、そうした時、初めて、彼等と日本人は同等な世界観を共有して平和な兄弟になれると思います。

身はたとひ   武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

薔薇も美しいけれど、さくらが好きです
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