何度読んでもわからん文章
投稿者: nishibox 投稿日時: 2003/05/16 11:16 投稿番号: [69053 / 232612]
■《天声人語》
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-5月16日付
明治の日本が、日清、日露の戦争を体験していなかったころに、中江兆民はこう書いている。「二国(にこく)相攻撃(あいこうげき)するに方(あた)りて、凡(およ)そ戦(たたかい)より生(しよう)ずる所(ところ)の災禍(さいか)は、誰(たれ)か之(こ)れに当(あた)る乎(や)」と問いを立て、武器をとって戦うのも、軍事費を出すのも、家を焼かれるのも「即(すなわ)ち民(たみ)なり」と結んだ(『三酔人経綸問答』岩波文庫)。
日本の多くの「民」が、戦争とはこの通りだと思い知ったのは、この書が世に出てから半世紀あまり後だった。そして「戦争放棄」を掲げる憲法が制定される。
昨日、有事関連法案が衆議院を通過した。残念ながら、地上から戦争が消えていない以上は、戦争という事態を想定せずにいることはできない。現に、日本は世界有数の軍事力を持ち、米国と同盟を結んできた。
もしも戦争ともなれば、兆民の書いた「災禍」が繰り返されるだろう。だからこそ、有事での国民の被害や人権侵害を抑えるための法の整備が必要だという議論が、国会で優勢だ。説得力があるように見えるが、常に「民」を真ん中に据えた政治理念が、審議する人たちにあるのかという疑念が消えない。まずは、各政党と議員の振る舞いを注視しよう。
戦前の政党内閣制に終止符を打ったのは「五・一五事件」だった。71年前の昨日のことである。犬養毅は、首相官邸で銃弾を浴びた後も「今の乱暴者を呼んで来い、話をしてやる」と言っていた(鵜崎熊吉『犬養毅伝』誠文堂)。
墓は、東京港区の青山霊園にある。昨日は雨が桜並木の若葉を光らせ、墓前では、数束の線香の煙がゆらいでいた。
>武器をとって戦うのも、軍事費を出すのも、家を焼かれるのも「即(すなわ)ち民(たみ)なり
でも国には国民の生命と財産を守る責務はないのかね?
「有事での国民の被害や人権侵害を抑えるための法の整備が必要だという議論が、国会で優勢だ」って
九割だよ。
すなわちおたくらは、極々少数派。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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