日本の占領政策2
投稿者: ahoahoahochann7 投稿日時: 2003/05/14 21:23 投稿番号: [68650 / 232612]
http://www.glocomnet.or.jp/okazaki-inst/iraqjapanjp.html
本論の目的は米国の日本占領政策を批判する事ではない。イラク占領政策立案に何らかの貢献をできればと思って書いているのである。
日本占領政策の最大の失敗は、グルーの後を継いだアチソンが意図的に、日本専門家を占領政策から疎外したことにあると思う。占領軍に対する国務省派遣の政治顧問は、日本政治家でなく中国専門家であった。もしグルーやユージーン・トーマンなどがマッカーサーの顧問であったらならば、左翼ニューディーラー達の跳梁は許さず、日本の民主主義は歴史と伝統を基礎としてより進歩成熟したものとなり、同じ自由民主主義国家同士としての日米関係はより確固たるものとなっていたであろう。地域専門家といっても、文化人類学的な専門家でなく、その国の政治家、学者等の指導的知識者と交遊し、相互の尊敬をかち得られるような、いわゆる「イラクの友人」(米国人に限らず英仏人、トルコ人でも良い)と言えるような人の意見を尊重すべきである。
イラクの歴史は現在民主主義を享有している多くの国とそう異なるものではない。イラクも第二次大戦後は議会民主主義を試行したが、冷戦下で共産主義の脅威が高まるにつれて、親西側の反共独裁政権となり、それに対する民族主義の反撥で左翼革命が起こり、それがやがてサダム・フセインの個人的独裁政権に移行した。世界中の多くの国が多かれ少なかれ似たような歴史を体験しているが、九〇年代に至って、韓国、台湾、タイ、インドネシア、南米諸国等がすべて議会民主主義に行き着いているのはイラクの前途に希望を持たせてくれる。
民主主義の定義には歴史が要る。英国の民主主義もマグナ・カルタから名誉革命まで五世紀半の試行錯誤を繰り返して来た。日本の大正デモクラシーは、政治の実態からいって現在の民主政治とほとんど変わらないが、一番大きな違いは、その間軍人に政治を委ねた試行錯誤があまりにも破滅的だったために、国民の間にもう民主主義以外の選択肢が存在しなくなっているその安定性にある。
サダム・フセインの個人的独裁に苛(さいな)まれた経験は今後のイラクの民主主義にとって逆に財産となるかもしれない。イラクには、部族、宗教等、日本占領とは較べものにならない固有の複雑な問題もあるが、このイラクの長い歴史の試行錯誤の結果得られた自由が、こうした諸問題をも乗り越える価値として提示される事に成功すれば、イラクの前途に希望がもてる。
戦争裁判は、国際法的にまだまだ難点があり、これを強行することはプラスにはならない。むしろ、権力の濫用だけでも十分訴追理由はあるのだから、裁判はイラク国民の手に委ねたらどうであろう。
最後に物理的な豊かさの見本を示すことは重要である。米国の占領政策にいかなる瑕疵があっても、日本人が結局これに抵抗できなかったのは、米国風民主主義が達成した物質的豊富さに圧倒されたからと言える。(了)
本論の目的は米国の日本占領政策を批判する事ではない。イラク占領政策立案に何らかの貢献をできればと思って書いているのである。
日本占領政策の最大の失敗は、グルーの後を継いだアチソンが意図的に、日本専門家を占領政策から疎外したことにあると思う。占領軍に対する国務省派遣の政治顧問は、日本政治家でなく中国専門家であった。もしグルーやユージーン・トーマンなどがマッカーサーの顧問であったらならば、左翼ニューディーラー達の跳梁は許さず、日本の民主主義は歴史と伝統を基礎としてより進歩成熟したものとなり、同じ自由民主主義国家同士としての日米関係はより確固たるものとなっていたであろう。地域専門家といっても、文化人類学的な専門家でなく、その国の政治家、学者等の指導的知識者と交遊し、相互の尊敬をかち得られるような、いわゆる「イラクの友人」(米国人に限らず英仏人、トルコ人でも良い)と言えるような人の意見を尊重すべきである。
イラクの歴史は現在民主主義を享有している多くの国とそう異なるものではない。イラクも第二次大戦後は議会民主主義を試行したが、冷戦下で共産主義の脅威が高まるにつれて、親西側の反共独裁政権となり、それに対する民族主義の反撥で左翼革命が起こり、それがやがてサダム・フセインの個人的独裁政権に移行した。世界中の多くの国が多かれ少なかれ似たような歴史を体験しているが、九〇年代に至って、韓国、台湾、タイ、インドネシア、南米諸国等がすべて議会民主主義に行き着いているのはイラクの前途に希望を持たせてくれる。
民主主義の定義には歴史が要る。英国の民主主義もマグナ・カルタから名誉革命まで五世紀半の試行錯誤を繰り返して来た。日本の大正デモクラシーは、政治の実態からいって現在の民主政治とほとんど変わらないが、一番大きな違いは、その間軍人に政治を委ねた試行錯誤があまりにも破滅的だったために、国民の間にもう民主主義以外の選択肢が存在しなくなっているその安定性にある。
サダム・フセインの個人的独裁に苛(さいな)まれた経験は今後のイラクの民主主義にとって逆に財産となるかもしれない。イラクには、部族、宗教等、日本占領とは較べものにならない固有の複雑な問題もあるが、このイラクの長い歴史の試行錯誤の結果得られた自由が、こうした諸問題をも乗り越える価値として提示される事に成功すれば、イラクの前途に希望がもてる。
戦争裁判は、国際法的にまだまだ難点があり、これを強行することはプラスにはならない。むしろ、権力の濫用だけでも十分訴追理由はあるのだから、裁判はイラク国民の手に委ねたらどうであろう。
最後に物理的な豊かさの見本を示すことは重要である。米国の占領政策にいかなる瑕疵があっても、日本人が結局これに抵抗できなかったのは、米国風民主主義が達成した物質的豊富さに圧倒されたからと言える。(了)
これは メッセージ 68648 (ahoahoahochann7 さん)への返信です.