小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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国民大集会・曽我ひとみさん挨拶

投稿者: remember140917 投稿日時: 2003/05/09 23:03 投稿番号: [67441 / 232612]
  帰国した拉致被害者の中で最後に挨拶をされたのが曽我ひとみさんです。曽我さんも、用意した挨拶文を両手で持って、落ち着いた様子で挨拶をされていました。
  挨拶文は何枚にも及び、一生懸命考えた曽我さんの苦労が思われました。
  お母さんのことについて話されている時には、後ろの方から女性のすすり泣く声が聞こえたような記憶があります。

  曽我さんの挨拶の終わり頃、メモが平沢議員などに渡され、数名の議員が退席して行ったため、「なんだ一体。」と内心不快に思っていましたが、後でこれは会場に入れなかった方々への対応のためと知り、かえってその心配りに感心させられたところです。

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  みなさん、こんばんは。

  (大きな拍手)

  本日は、行方が分からない私の母のことを知って頂きたく、佐渡から参りました。

  (大きな拍手)

  母について申し上げる前に、日本に来て以来、全国の方々から頂いた貴重な支援に対しまして、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。

  (拍手)

  また、先日は、肺ガンの手術を受け、さらにご心配をかけてしまいました。
  重ね重ねのご支援に、本当に感謝しております。

  (拍手)

  さて、日本に来るまでは、母は日本で暮らしていると思っていました。
  大好きな、そして心の支えでもありましたので、北朝鮮に居る家族にも、母のことはよく話をして聞かせていました。
  24年前に、私とともに居なくなってしまったきりだと知った時、信じられないというショックで、呆然とし、涙が止まりませんでした。
  佐渡の実家に残された母の着物や日用品を見るのが、とてもつらく感じました。
  日本に来てしばらくは、それを見ながら、毎晩泣いていました。
  この半年の間、いろいろな体験をさせていただき、だんだん日本の生活にもなじむにつれて、冷静になってみると、北朝鮮にいる家族のことと同様に母のことがとても気がかりになってきました。

  一週間前に、私はある夢を見ました。
  その夢は、とても悲しく、つらく、信じられない夢でした。
  母が死んだということが、テレビで放映されている夢でした。
  朝起きてから、そのことを考えると、一日中何も手につきませんでした。
  突然の夢に、心の中に大きな穴が開いてしまったようで、さみしさをこらえられませんでした。

  しかし、その後で私は思いました。
  これは絶対夢で現実でないと。

  (大きな拍手)

  私は、心からそう信じています。
  母に会ったら、生きていてくれてありがとうと、お互いに強く抱き合いながら、涙がかれるまで泣いていたいです。

  (拍手)
 
  まだまだ娘としてしてあげたいこと、そして、してほしいことが数え切れないくらいあります。
  この24年間は、母の大切さをとても深く感じる結果となってしまいました。
  生死もはっきりしない家族を思うことは、つらく、本当に苦しいことです。
  今日ここにいらっしゃる、被害者の方々は、そのことを一番分かってくださると、思っております。
 
  明日から、また、心から願っているその日のために、力を合わせて強く、強く前進してください。
  私も一緒についていきます。(ステージに向かって右側の拉致議連達が着席している方に向かって一礼)

  今拉致被害者として手厚い保護を受けておりますが、私の母の行方を知りたい家族の一人として、何か少しでもお手伝いをさせて頂きたいと思い、この国民大集会に参りました。

  今日は、お忙しい中を、参加してくださった国民の皆様に、心から感謝しております。

  (拍手)

  家族の大切さ、家族の絆の深さを少しでも理解して頂けたら、有り難く思います。
  国民の皆様方の強い力を信じております。
  よろしくお願いします。

  (大きな拍手)

  私の話をお聞きいただき、本当にどうもありがとうございました。

  (大きな拍手)
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