小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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特攻隊員の遺書(天皇のためではない)

投稿者: ahoahoahocha6 投稿日時: 2003/05/05 21:47 投稿番号: [66707 / 232612]
http://ww41.tiki.ne.jp/~yt737/isyo09.htm

  これは一例です。戦前の特攻隊員も東条などの軍部の教条主義には必ずしも、納得していなかった。
  カルト集団のようなものではない。自分で考ええ、自分の命は、故郷、親、兄弟、友人のためにささげるとの考えに帰着させて、戦場に向かった。
  戦前を天皇を中心とするカルトと捉えることは、間違っている。
戦前の若者も現代の若者と同じように、悩み苦しみながら戦場に向かった。どこでそんなカルト集団などとの教育を受けたのだろう
  以下のある方の遺書です。


昭和20年4月14日沖縄東方に於いて戦死(23歳)
   昭和十八年十月二十一日、東京神宮外苑陸上競技場での出陣学徒壮行
会で、ときの東条英機首相は   「諸君の全てを、大君の為に捧げ奉るは、この
国に生を享けたる諸君が   悠久の大義に生きる唯一の道である」と訓示した。

学徒代表は「挺身以て頑敵を撃滅せん。生等もとより生還を期せず」と応えた。
国家の為に死ぬるは   悠久の大義に生きることである。
この教条主義的な国家思想が、個人の自由や権利を埋没させたのです。

N   中尉は、昭和十八年十二月学問の府から海軍に入隊、その十八か月後に
ゼロ戦を操り   肉弾となって散華、かねての覚悟どおり、大義に生きたのです。

遺書には、母を想い母をとおして国を憂い、宇宙に夢をはせながら特攻死を
運命として受け止めた崇高な決意が   流麗な筆跡で記述されています。

さざめき一つない深湖の水面のような   落ち着きと静けさを漂わす墨跡からは、
眼前に迫っている命の終焉を   感じ取ることは   できません。
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