百年前の朝鮮と中国のかかわり
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/04/28 01:30 投稿番号: [65277 / 232612]
なかなか、興味深いものです。
中国の仲裁
北京で開催された朝米中3カ国協議が予想通り険しい前途を予告し、幕を下した。韓半島の核問題が国際政治の主要議題に登場して以来、初めて中国が単独の仲裁者として加わった今会談は、いろいろな面から100年前の状況を思い浮かばせる。
101年前である1882年5月22日の当時、朝鮮(チョソン、1932〜1910)も中国の仲裁のもと米国と朝・米修好通商条約を締結したのだ。当時の条約締結は、北東アジアの隠とん王朝、朝鮮を開国させようとした米国の努力が16年ぶりに実を結んだものだった。だが、修交時まで米国は数多くの戦略的、外交的な失敗を繰り返した。
軍事力を前面に出した初期の開国戦略は、2回にわたる直接的な武力衝突にもかかわらず失敗で終わった。1866年(ゼネラルシャーマン号事件=米商船が朝鮮に通商を要求したが拒まれたため起きた一連の事件)と1871年(辛未洋擾=米国がゼネラルシャーマン号事件を口実に朝鮮を開港させるため侵攻した事件)にあった2回(の直接衝突は、いずれも米国の一方的な先制攻撃によって始まった。特に、辛未洋擾のとき、米国は戦艦5隻とおよそ1200人の兵力を動員したが失敗した。
その後、米国は仲裁外交へと方向を旋回する。しかし、日本の仲裁を拒否した朝鮮の立場のため、米国は結局認めたくなかった中国の朝鮮への影響力を活用する、戦略的修正を選ぶ。これは、3国の当時の状況認識によるものだった。
当時、中国は、米国の仲裁要請を成功させることで、韓半島での中国の伝統的かつ地域的な影響力を認めてもらおうとした。米国との修交を仲裁した後、朝鮮に圧力を加え「朝鮮は清の属邦」であることを明示した「朝清商民水陸貿易章程」(1882年朝鮮と清が結んだ両国商人の水陸両面にかけての通商に関する規定)を締結したのが、これを語ってくれる。その半面、米国は、いったん一歩を踏み出せば、朝鮮を徐々に中国の影響力から離脱させ、終局的に自分らの利益を貫徹させることができるだろうと考えていた。朝鮮は、米国について、ほかの帝国主義勢力よりは野心的でない国と受け止め、伝統的な後援勢力である清の支援のもと米国との国交正常化を実現すれば、勢力のバランスが取れるものと考えた。だが、朝鮮の情勢分析の致命的な弱点は、衰落する中国に対する過剰な期待であり、それ以降歴史は朝鮮の立場から見れば悲劇へとばかり流れた。
100年前とは異なって、現在中国は旭日昇天の勢いだ。頼れるところがなかった朝鮮の朝廷とは異なり、北朝鮮には同じ同族の韓国がある。ところが、韓国が排除されたまま再び100年ぶりに、中国が北朝鮮と米国、いや韓半島と米国の仲裁者として華麗に復帰した。中国と米国は、今回はどんな利益を分け合うだろうか。これを容認しあきらめる韓国の情勢分析は、決して失敗ではなく、100年前の朝鮮朝廷の情勢分析とは異なるものだと、果たして自信を持って言えるだろうか。
金錫煥(キム・ソクファン)論説委員
中国の仲裁
北京で開催された朝米中3カ国協議が予想通り険しい前途を予告し、幕を下した。韓半島の核問題が国際政治の主要議題に登場して以来、初めて中国が単独の仲裁者として加わった今会談は、いろいろな面から100年前の状況を思い浮かばせる。
101年前である1882年5月22日の当時、朝鮮(チョソン、1932〜1910)も中国の仲裁のもと米国と朝・米修好通商条約を締結したのだ。当時の条約締結は、北東アジアの隠とん王朝、朝鮮を開国させようとした米国の努力が16年ぶりに実を結んだものだった。だが、修交時まで米国は数多くの戦略的、外交的な失敗を繰り返した。
軍事力を前面に出した初期の開国戦略は、2回にわたる直接的な武力衝突にもかかわらず失敗で終わった。1866年(ゼネラルシャーマン号事件=米商船が朝鮮に通商を要求したが拒まれたため起きた一連の事件)と1871年(辛未洋擾=米国がゼネラルシャーマン号事件を口実に朝鮮を開港させるため侵攻した事件)にあった2回(の直接衝突は、いずれも米国の一方的な先制攻撃によって始まった。特に、辛未洋擾のとき、米国は戦艦5隻とおよそ1200人の兵力を動員したが失敗した。
その後、米国は仲裁外交へと方向を旋回する。しかし、日本の仲裁を拒否した朝鮮の立場のため、米国は結局認めたくなかった中国の朝鮮への影響力を活用する、戦略的修正を選ぶ。これは、3国の当時の状況認識によるものだった。
当時、中国は、米国の仲裁要請を成功させることで、韓半島での中国の伝統的かつ地域的な影響力を認めてもらおうとした。米国との修交を仲裁した後、朝鮮に圧力を加え「朝鮮は清の属邦」であることを明示した「朝清商民水陸貿易章程」(1882年朝鮮と清が結んだ両国商人の水陸両面にかけての通商に関する規定)を締結したのが、これを語ってくれる。その半面、米国は、いったん一歩を踏み出せば、朝鮮を徐々に中国の影響力から離脱させ、終局的に自分らの利益を貫徹させることができるだろうと考えていた。朝鮮は、米国について、ほかの帝国主義勢力よりは野心的でない国と受け止め、伝統的な後援勢力である清の支援のもと米国との国交正常化を実現すれば、勢力のバランスが取れるものと考えた。だが、朝鮮の情勢分析の致命的な弱点は、衰落する中国に対する過剰な期待であり、それ以降歴史は朝鮮の立場から見れば悲劇へとばかり流れた。
100年前とは異なって、現在中国は旭日昇天の勢いだ。頼れるところがなかった朝鮮の朝廷とは異なり、北朝鮮には同じ同族の韓国がある。ところが、韓国が排除されたまま再び100年ぶりに、中国が北朝鮮と米国、いや韓半島と米国の仲裁者として華麗に復帰した。中国と米国は、今回はどんな利益を分け合うだろうか。これを容認しあきらめる韓国の情勢分析は、決して失敗ではなく、100年前の朝鮮朝廷の情勢分析とは異なるものだと、果たして自信を持って言えるだろうか。
金錫煥(キム・ソクファン)論説委員
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.