【曽我さんの手記 全文】
投稿者: saku_saku_5 投稿日時: 2003/04/14 21:16 投稿番号: [62841 / 232612]
【曽我さんの手記
全文】
この半年をふりかえり
24年ぶりに日本に帰って来て、もう早いもので、寒い冬もすぎ、あたたかい春が来て、もう日本で半年という日がすぎてしまいました。この半年の間、私にとって一生のうちで一番頭の中がこんらんし、ふくざつな事が起きたと思います。
日本に帰りたくて、泣いて泣いて涙がかれるまで泣きました。帰れないのなら死んだ方がいいと何度も何度も思いこんだものの、弱虫の私には死ぬことはできませんでした。
いつもいつもきになっていたのは、同じ場所から別ればなれになったおかあさんのことでした。だれにきいても、はっきり答えてくれる人はいませんでした。
なぜ私とおかあさんがこんな目にあわなければいけないのだろう。私、何もわるい事なんかしていません。なのになぜなんだろう。こんなつらい思いをして生きていかなければならないのですか?
やっと帰って来て、おとうさんに会って、妹にあって、しんせき、そして友達、ふるさとの人、日本国中の人と会いました。みんなやさしく、あたたかく心配して下さいました。一緒に笑ってとても楽しい時間です。
月日は長く長く、すぎていたけれど、人の心は昔のままでした。本当に帰ってこられてよかった。
ずっと長い間あきらめていた事が、私の目の前でおきているんだと思うと、ある時はだれかにまただまされているように感じることもありました。私にとっては思ってもいない大きな大きな出来事だったからです。
この頃は、もう一つの大きな大きな出来事、20年あまりも一緒にわらい、一緒に泣き、一緒にはげまし合って生きて来た私の大切な大切な家族との生き別れ。始めは旅行、今は家出でもなく、なんと言えばいいのだろうか?
私に会う人達は「がんばって下さい」とあたたかく声をかけてくれます。「ありがとうございます」と答えながらも、時々どうしてがんばればいいのか自分でもわからない時が多くなりました。
一つ解決したら、また新しく悲しい出来事、あまりに私にとってはつらいです。この半年、家族の深い深い愛を心から感じています。
1月に届いた娘の手紙の中にこんな言葉がありました。「おかあさん。おかあさんとこんなに長くはなれたのははじめてだヨネ。もうすぐ冬休みです。冬休みになったらおとうさんにおいしい物を作ってあげます」と泣きながら書いてくれた手紙、それは私にとってこの世界の中で一番の宝物です。
私の二つの家族。おとうさんとおかあさんと私と妹の一つの家族。むこうにいる夫と私と娘二人の家族。この二つの家族をばらばらにしたのはだれですか?
そしてばらばらになった家族を、また一緒にしてくれるのはだれですか?そしてそれはいつですか?
心からよろこびあえる幸せの日を、一日でも早く私にかえして下さい。
曽我ひとみ
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これが日本の「回答」だ。
北朝鮮のどこに「誠意」があるというのだ。
この半年をふりかえり
24年ぶりに日本に帰って来て、もう早いもので、寒い冬もすぎ、あたたかい春が来て、もう日本で半年という日がすぎてしまいました。この半年の間、私にとって一生のうちで一番頭の中がこんらんし、ふくざつな事が起きたと思います。
日本に帰りたくて、泣いて泣いて涙がかれるまで泣きました。帰れないのなら死んだ方がいいと何度も何度も思いこんだものの、弱虫の私には死ぬことはできませんでした。
いつもいつもきになっていたのは、同じ場所から別ればなれになったおかあさんのことでした。だれにきいても、はっきり答えてくれる人はいませんでした。
なぜ私とおかあさんがこんな目にあわなければいけないのだろう。私、何もわるい事なんかしていません。なのになぜなんだろう。こんなつらい思いをして生きていかなければならないのですか?
やっと帰って来て、おとうさんに会って、妹にあって、しんせき、そして友達、ふるさとの人、日本国中の人と会いました。みんなやさしく、あたたかく心配して下さいました。一緒に笑ってとても楽しい時間です。
月日は長く長く、すぎていたけれど、人の心は昔のままでした。本当に帰ってこられてよかった。
ずっと長い間あきらめていた事が、私の目の前でおきているんだと思うと、ある時はだれかにまただまされているように感じることもありました。私にとっては思ってもいない大きな大きな出来事だったからです。
この頃は、もう一つの大きな大きな出来事、20年あまりも一緒にわらい、一緒に泣き、一緒にはげまし合って生きて来た私の大切な大切な家族との生き別れ。始めは旅行、今は家出でもなく、なんと言えばいいのだろうか?
私に会う人達は「がんばって下さい」とあたたかく声をかけてくれます。「ありがとうございます」と答えながらも、時々どうしてがんばればいいのか自分でもわからない時が多くなりました。
一つ解決したら、また新しく悲しい出来事、あまりに私にとってはつらいです。この半年、家族の深い深い愛を心から感じています。
1月に届いた娘の手紙の中にこんな言葉がありました。「おかあさん。おかあさんとこんなに長くはなれたのははじめてだヨネ。もうすぐ冬休みです。冬休みになったらおとうさんにおいしい物を作ってあげます」と泣きながら書いてくれた手紙、それは私にとってこの世界の中で一番の宝物です。
私の二つの家族。おとうさんとおかあさんと私と妹の一つの家族。むこうにいる夫と私と娘二人の家族。この二つの家族をばらばらにしたのはだれですか?
そしてばらばらになった家族を、また一緒にしてくれるのはだれですか?そしてそれはいつですか?
心からよろこびあえる幸せの日を、一日でも早く私にかえして下さい。
曽我ひとみ
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これが日本の「回答」だ。
北朝鮮のどこに「誠意」があるというのだ。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.