>east_jungle3さん
投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2003/04/07 20:26 投稿番号: [61259 / 232612]
> 貴君はどう思われますか?
>縄文時代の民が本来の日本国の先住民で、弥生人は”武器を持つ人”という征服者として、古代日本にやってきた、
渡来人と思いますが、中国からなのでせうか、半島からだったのでせうか?
随分な「異説」ですね。どこで教えられましたか?
【弥生人は”武器を持つ人”という征服者として、古代日本にやってきた。】という訳では無いです。
弥生人と後世にいわれる集団は、稲作(水稲)技術を持つ人々としてやって来たのです。同時に
金属(鉄器を含む)の加工技術も先住民より優れていたので、これも寄与して先住民より結果として
優位になったのです。もっとも先住民と戦ったのは初期の段階(おそよ九州から関西まで)で、その後は
非戦闘的に先住民と融合した(関東地方、その他)というのが、現在までの考古学・民族学の示すところ
です。従って付け加えれば、現在の日本人の殆どは程度の差はあれ、原住民のDNAと移住・流入者のDNAの
両方を持っているのは自明です。
どういう経路で来たのかは、大した問題では無いです。
単一に絞ることも無い。しかし、オリジンは水稲耕作をしていた地域でしょう。
> 藤原不比等は大宝律令を制定し、日本の統一国家支配体制を立ち上げました。
> 彼の周囲には多くの渡来人一世、渡来系氏族出身者がいた様に思いましたが。
「彼」の周りに「渡来人一世」がいたとは寡聞にして知りませんね。それまた「異説」「奇説」
です。渡来人集団が来たのは、いわゆる古墳時代(後期だったか?)です。いや、「とされていて」、
私は、この定説を支持しています。
もっとも、先日ある新聞を買って読んだら、壬申の乱前後のストーリーが連載されていましたが、
随分な異説で、余り興味は無かったですが。
> この時代、天皇と藤原家と宮廷渡来人の図式で、実質上の支配者は誰だったのか?
従って、この時代「宮廷渡来人」をその前の2者と同列に上げるのは不適切。
天皇と藤原家は敢えてどちらが支配者ということも私に言わせれば不適切。両者の葛藤(その他
の時代でもそうですが)の時代です。どちらにしろ、一時的なものです。
天皇は実質的に権力を持った時代・時期あり、実権を豪族等に奪われた時代・時期、いずれも
あり。有る意味で、そういうフレッキシブルなところが、天皇制が長続きした理由で。
・しかし、このテーマはこれくらいにしておきます。「トビズレ」ですから。
これは メッセージ 61222 (east_jungle3 さん)への返信です.
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