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鯨神社、三宅島〜島民の飢饉救う〜

投稿者: cfx789 投稿日時: 2003/04/04 00:21 投稿番号: [60468 / 232612]
三宅島は、その昔、事代主命が島づくりをしたと伝えられる神和の島であり、
従って自然崇拝の姿や神に関する伝説が多く、
現在でも島民の間に健全な息を吹きかけ続けている。

また、往時の人々が厳しい離島の生活の中で心のよりどころを求め、
祭祠した名もないような祠が島内のいたるところに散在し、
ごく小さいものまで含めると、一二〇社にものぼると言われ、
人口に対する比率は日本一といわれている。

今回は、中でもあまり知られていないが、
村中が飢饉の時に島人とを救ったと伝えられ、
三宅島阿古錆ヶ浜港の近くに在り、
三百数十年前の鯨の骨が祀られている鯨神社を紹介する。

記録によれば、天保年間、三宅島は農漁業ともに不振が続き、
大変な飢饉に見舞われ、
離島なるが故に食するもの無く木の実、草の葉を食し、
島民の生活は困窮の極に達したことがあった。

古老の口伝えによれば、
天保三年、阿古村に住む村人が早朝、富賀神社のお参りの帰り道、
砂浜に巨大な鯨が上がっているのを見つけ、
早速役人に通報したところ部落におふれが出され、
村人はこの鯨の肉を切り取り五ヶ村に分配し、
当分の間、飢えをしのぎ、三宅島を大飢饉から救うことが出来たという。

鯨を発見した人は、
この鯨の骨を錆ヶ浜の地にねんごろに葬り供養したところ、
その後、村中が豊作となり、
島人は飢饉から逃れることが出来たと伝えられる。
後年、祖先の志を引き継いで鯨供養のために、
祠を建てて祀ったのがこの鯨神社で一説には、
この鯨は三十二尋(約四十八㍍)の大鯨であったという。
現在でも祠の中には当時の鯨の骨の一部が、安置されている。
《参考=三宅島史・三宅村産業観光課資料》
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