サダムよ国民のため早く亡命しろ
投稿者: ahoahoahocha6 投稿日時: 2003/03/22 16:40 投稿番号: [57633 / 232612]
<イラク戦争>大規模空爆で燃える首都
恐怖の一夜
首都バグダッドの夜空が炎で染まった。開戦2日目の21日夜(日本時間22日未明)、米英軍による最大規模の空爆は、作戦名通り市民を「衝撃と恐怖」に陥れた。ミサイルの風切り音や爆発音とともに、黒煙がわき上がり、空に閃光(せんこう)が走る。「隣にトマホークが落ちた」。イラクにとどまる邦人は、着弾に揺れる街の様子を語った。イラクを脱出する人も後を絶たない。しかし、イラク国内の情報は限られている。被害の全容も、避難民の実態もはっきりしないまま、戦火は拡大している。
「あー近くなってきた。近づいてきた。電話を切っていいですか」。空爆が最も激しくなった21日午後9時(日本時間22日午前3時)前、落ち着いた様子で国際電話の取材に答えていた滋賀県出身のダンサー、村岸由季子さん(31)の口調が変わった。「怖い」。電話は切れた。
村岸さんはバグダッド市内から西に車で約20分離れた「ジャジーラ浄水場」に、「人間の盾」として、外国人の仲間13人と寝泊まりしている。22日目になった。
夕食の準備をしていた21日午後8時過ぎ、空爆が始まった。市内南部から始まり、西部、中心部と場所を変えて、夜空が赤や黄色に点滅する。地上から迎え撃ったと見られる高射砲は白い弧を描く。「花火みたい」。村岸さんは語った。しかしこれは戦争だ。体が地震の時のように揺れた。
「国連や米国は責任を取らなければならない。私がもしここで死んだら、忘れないでほしい。戦争が始まったからといって、あきらめてはいけない。アメリカ人のことも信じている。必ず変わるはずだ」。回線状態が悪く声は途切れ途切れだった。
ジャーナリスト、常岡浩介さん(33)も市内のホテルに泊まっている。空爆中の21日午後8時半、国際電話で「この回線をふさいでいると、市民のライフラインを閉ざすことになります。電話を切らせて下さい」と緊迫した声で答えた。
2回目の空爆が始まった21日午後10時半(同22日午前4時半)、ジャジーラ浄水場に再び電話がつながった。日本人男性は「隣にトマホークが落ちた。浄水場を狙ったんだろう。揺れた。でも大したことはない。けが人はいない。村岸さんも無事だ」と語った。詳しい被害状況や、男性の名前は聞き取れなかった。
ユニセフ(国連児童基金)バグダッド事務所で夜を明かしていたイラク人男性、アキュール・モハマドさん(32)は、国際電話による取材に「午後9時ごろから約2時間の空爆は、これまでと全く違うすさまじいものだった。事務所のあるビルからあまり遠くない場所にも爆弾が落ち、ビルの前の通りを悲鳴を上げながら逃げる人も見た。ショックだ」と話した。【小林直、戸田栄】
【ドーハ太田阿利佐、福島良典】空爆の様子は、カタール・ドーハ郊外にある米中東軍前線司令部のメディアセンターに並ぶ6台のテレビにも映し出された。各国の記者たち数十人がテレビの前に集まり、「人が殺されるのを見るのは嫌だ」「なんてことだ」と声が出た。
チグリス川にかかる橋と建物の見えるバグダッド中心部の上空が数秒おきにオレンジ色に染まる。イラク軍の対空砲火は、チカチカと光る豆電球のように小さく見えた。
バグダッドに残るジャーナリストのマイク・ニコルソン氏は「巨大な火の玉が上がった。また一つ。こんなものはこれまで見たことがない。バグダッドを破壊している」と、米CNNテレビを通じて電話で空爆の激しさを語った。
別のジャーナリスト、グローバー・ジェームズ氏は「自転車に乗って逃げる人の姿が見える。別の男性も向こうに走って逃げている」と興奮した声でリポートした。(毎日新聞)
[3月22日13時2分更新]
首都バグダッドの夜空が炎で染まった。開戦2日目の21日夜(日本時間22日未明)、米英軍による最大規模の空爆は、作戦名通り市民を「衝撃と恐怖」に陥れた。ミサイルの風切り音や爆発音とともに、黒煙がわき上がり、空に閃光(せんこう)が走る。「隣にトマホークが落ちた」。イラクにとどまる邦人は、着弾に揺れる街の様子を語った。イラクを脱出する人も後を絶たない。しかし、イラク国内の情報は限られている。被害の全容も、避難民の実態もはっきりしないまま、戦火は拡大している。
「あー近くなってきた。近づいてきた。電話を切っていいですか」。空爆が最も激しくなった21日午後9時(日本時間22日午前3時)前、落ち着いた様子で国際電話の取材に答えていた滋賀県出身のダンサー、村岸由季子さん(31)の口調が変わった。「怖い」。電話は切れた。
村岸さんはバグダッド市内から西に車で約20分離れた「ジャジーラ浄水場」に、「人間の盾」として、外国人の仲間13人と寝泊まりしている。22日目になった。
夕食の準備をしていた21日午後8時過ぎ、空爆が始まった。市内南部から始まり、西部、中心部と場所を変えて、夜空が赤や黄色に点滅する。地上から迎え撃ったと見られる高射砲は白い弧を描く。「花火みたい」。村岸さんは語った。しかしこれは戦争だ。体が地震の時のように揺れた。
「国連や米国は責任を取らなければならない。私がもしここで死んだら、忘れないでほしい。戦争が始まったからといって、あきらめてはいけない。アメリカ人のことも信じている。必ず変わるはずだ」。回線状態が悪く声は途切れ途切れだった。
ジャーナリスト、常岡浩介さん(33)も市内のホテルに泊まっている。空爆中の21日午後8時半、国際電話で「この回線をふさいでいると、市民のライフラインを閉ざすことになります。電話を切らせて下さい」と緊迫した声で答えた。
2回目の空爆が始まった21日午後10時半(同22日午前4時半)、ジャジーラ浄水場に再び電話がつながった。日本人男性は「隣にトマホークが落ちた。浄水場を狙ったんだろう。揺れた。でも大したことはない。けが人はいない。村岸さんも無事だ」と語った。詳しい被害状況や、男性の名前は聞き取れなかった。
ユニセフ(国連児童基金)バグダッド事務所で夜を明かしていたイラク人男性、アキュール・モハマドさん(32)は、国際電話による取材に「午後9時ごろから約2時間の空爆は、これまでと全く違うすさまじいものだった。事務所のあるビルからあまり遠くない場所にも爆弾が落ち、ビルの前の通りを悲鳴を上げながら逃げる人も見た。ショックだ」と話した。【小林直、戸田栄】
【ドーハ太田阿利佐、福島良典】空爆の様子は、カタール・ドーハ郊外にある米中東軍前線司令部のメディアセンターに並ぶ6台のテレビにも映し出された。各国の記者たち数十人がテレビの前に集まり、「人が殺されるのを見るのは嫌だ」「なんてことだ」と声が出た。
チグリス川にかかる橋と建物の見えるバグダッド中心部の上空が数秒おきにオレンジ色に染まる。イラク軍の対空砲火は、チカチカと光る豆電球のように小さく見えた。
バグダッドに残るジャーナリストのマイク・ニコルソン氏は「巨大な火の玉が上がった。また一つ。こんなものはこれまで見たことがない。バグダッドを破壊している」と、米CNNテレビを通じて電話で空爆の激しさを語った。
別のジャーナリスト、グローバー・ジェームズ氏は「自転車に乗って逃げる人の姿が見える。別の男性も向こうに走って逃げている」と興奮した声でリポートした。(毎日新聞)
[3月22日13時2分更新]
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.