目覚めよ イラク国民。命を落とすな!
投稿者: usotukenotoko33 投稿日時: 2003/03/22 10:59 投稿番号: [57523 / 232612]
サダムは命をささげるに値しない。
<イラク戦争>フセイン大統領死傷説 憶測飛び交う
米軍は19日(日本時間20日)、フセイン大統領の殺害を狙って空爆を行い対イラク戦争を開始したが、大統領と政権指導部の生死をめぐり、さまざまな憶測が飛び交っている。複数の米メディアは20日、「大統領は死亡または負傷した可能性が強い」と報じた。確かなことは分かっていない。サハフ・イラク情報相は21日、大統領の死傷説を否定した。
□ □
ブッシュ大統領がイラク攻撃命令を出したのは、対イラク攻撃の猶予期限(米東部時間19日午後8時)より1時間半前の19日午後6時半と報道されている。だが、実際には猶予期限より12時間前の同日午前8時ごろ、現地に展開する米軍部隊に開戦を用意するよう指令を出していた。
ブッシュ大統領は同日朝、ホワイトハウスの緊急指令室でチェイニー副大統領ら国家安全保障会議(NSC)メンバーと最終的な対応を協議。途中からサウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地にいたフランクス中東軍司令官らがテレビ会議方式で協議に加わった。フランクス司令官は「準備は完了している」と報告。大統領はこれを受け、「世界の平和とイラクの人々の自由のため、『イラクの自由作戦』の遂行を命じる」と、口頭で指示した。
事態が急変したのは19日午後3時ごろ。米中央情報局(CIA)からフセイン大統領の居場所を突き止めた、との報告があった。ニューヨーク・タイムズ紙によると、CIAの情報源は「イラク人の密告者」だった。テネットCIA長官がラムズフェルド国防長官とともにブッシュ大統領に面会。同3時半ごろ大統領執務室で再びNSCメンバーの協議が開かれた。情報の信ぴょう性、作戦に伴うリスクが検討された。大統領は空爆に着手する方針を決めた。
方針決定後間もなく、フランクス司令官はカタールの基地からF117A戦闘爆撃機を発進させた。そして実際に攻撃に着手するかどうかの最終判断を同7時15分までに下してほしいと大統領に伝えた。その時間を過ぎると、燃料の関係などで戦闘爆撃機が引き返すことが不可能になるためだったとされる。ブッシュ大統領は最新情報を確認。同7時12分に「レッツゴー」と述べ、ゴーサインを出した。
バグダッド南部のフセイン大統領ら指導部が使う施設が爆撃されたのは2時間余り後の午後9時34分(現地時間20日午前5時34分)だった。
□ □
米情報当局者は20日、この施設には当時、フセイン大統領と、2人の息子のうち少なくとも1人が滞在、現在も内部にいる可能性が強いとの見方を示した。21日付ワシントン・ポスト紙やFOXテレビなどは「フセイン大統領が少なくとも負傷している」との米当局者の証言を伝えた。またワシントン・タイムズ紙は大統領の長男ウダイ氏が死亡したとの情報があると報じた。
標的となった施設は地上部分とコンクリートの頑強な地下が組み合わさっており、軍当局者によると、2段階の攻撃が行われた。まずトマホークが地上部分の建物を破壊し、その後、F117A戦闘爆撃機から投下された精密誘導爆弾(1トン爆弾)が地下部分を攻撃した。精密誘導弾は、地下深くまで貫通して建造物を破壊するバンカーバスターの可能性が強い。
米当局者によると、この施設にフセイン大統領がいたことは攻撃の数時間前に確認されている。写真分析では、地下施設の損傷は激しく、攻撃後、医療関係者が招請されたのが確認された。
空爆から約3時間後、フセイン大統領はテレビ演説し米国への徹底抗戦を国民に訴えた。「大統領の影武者ではないか」。国民の前ではめったに見せない眼鏡姿だったこともこうした憶測に拍車をかける。CIAはビデオを解析した結果、大統領の声は「本物」との見方を強めている。だが撮影時期は不明で安否は分からないとの立場だ。
米メディアによると空爆後、米情報当局が盗聴しているイラク政府高官同士の電話の会話が極端に減った。フセイン政権指導部が「地下に潜った」との可能性が指摘される一方、多くの指導部が爆撃で死亡したという見方も根強く残る。【ワシントン河野俊史】
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イラク戦争の裏側で何が起こっているのか。交錯する情報を検証していく。(毎日新聞)
[3月22日2時40分更新]
<イラク戦争>フセイン大統領死傷説 憶測飛び交う
米軍は19日(日本時間20日)、フセイン大統領の殺害を狙って空爆を行い対イラク戦争を開始したが、大統領と政権指導部の生死をめぐり、さまざまな憶測が飛び交っている。複数の米メディアは20日、「大統領は死亡または負傷した可能性が強い」と報じた。確かなことは分かっていない。サハフ・イラク情報相は21日、大統領の死傷説を否定した。
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ブッシュ大統領がイラク攻撃命令を出したのは、対イラク攻撃の猶予期限(米東部時間19日午後8時)より1時間半前の19日午後6時半と報道されている。だが、実際には猶予期限より12時間前の同日午前8時ごろ、現地に展開する米軍部隊に開戦を用意するよう指令を出していた。
ブッシュ大統領は同日朝、ホワイトハウスの緊急指令室でチェイニー副大統領ら国家安全保障会議(NSC)メンバーと最終的な対応を協議。途中からサウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地にいたフランクス中東軍司令官らがテレビ会議方式で協議に加わった。フランクス司令官は「準備は完了している」と報告。大統領はこれを受け、「世界の平和とイラクの人々の自由のため、『イラクの自由作戦』の遂行を命じる」と、口頭で指示した。
事態が急変したのは19日午後3時ごろ。米中央情報局(CIA)からフセイン大統領の居場所を突き止めた、との報告があった。ニューヨーク・タイムズ紙によると、CIAの情報源は「イラク人の密告者」だった。テネットCIA長官がラムズフェルド国防長官とともにブッシュ大統領に面会。同3時半ごろ大統領執務室で再びNSCメンバーの協議が開かれた。情報の信ぴょう性、作戦に伴うリスクが検討された。大統領は空爆に着手する方針を決めた。
方針決定後間もなく、フランクス司令官はカタールの基地からF117A戦闘爆撃機を発進させた。そして実際に攻撃に着手するかどうかの最終判断を同7時15分までに下してほしいと大統領に伝えた。その時間を過ぎると、燃料の関係などで戦闘爆撃機が引き返すことが不可能になるためだったとされる。ブッシュ大統領は最新情報を確認。同7時12分に「レッツゴー」と述べ、ゴーサインを出した。
バグダッド南部のフセイン大統領ら指導部が使う施設が爆撃されたのは2時間余り後の午後9時34分(現地時間20日午前5時34分)だった。
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米情報当局者は20日、この施設には当時、フセイン大統領と、2人の息子のうち少なくとも1人が滞在、現在も内部にいる可能性が強いとの見方を示した。21日付ワシントン・ポスト紙やFOXテレビなどは「フセイン大統領が少なくとも負傷している」との米当局者の証言を伝えた。またワシントン・タイムズ紙は大統領の長男ウダイ氏が死亡したとの情報があると報じた。
標的となった施設は地上部分とコンクリートの頑強な地下が組み合わさっており、軍当局者によると、2段階の攻撃が行われた。まずトマホークが地上部分の建物を破壊し、その後、F117A戦闘爆撃機から投下された精密誘導爆弾(1トン爆弾)が地下部分を攻撃した。精密誘導弾は、地下深くまで貫通して建造物を破壊するバンカーバスターの可能性が強い。
米当局者によると、この施設にフセイン大統領がいたことは攻撃の数時間前に確認されている。写真分析では、地下施設の損傷は激しく、攻撃後、医療関係者が招請されたのが確認された。
空爆から約3時間後、フセイン大統領はテレビ演説し米国への徹底抗戦を国民に訴えた。「大統領の影武者ではないか」。国民の前ではめったに見せない眼鏡姿だったこともこうした憶測に拍車をかける。CIAはビデオを解析した結果、大統領の声は「本物」との見方を強めている。だが撮影時期は不明で安否は分からないとの立場だ。
米メディアによると空爆後、米情報当局が盗聴しているイラク政府高官同士の電話の会話が極端に減った。フセイン政権指導部が「地下に潜った」との可能性が指摘される一方、多くの指導部が爆撃で死亡したという見方も根強く残る。【ワシントン河野俊史】
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イラク戦争の裏側で何が起こっているのか。交錯する情報を検証していく。(毎日新聞)
[3月22日2時40分更新]
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.