宣教師は見た
投稿者: kangaeyo03 投稿日時: 2003/03/14 19:04 投稿番号: [55715 / 232612]
<ホーマーの見た朝鮮>
李朝末期の朝鮮に滞在したアメリカのメソディスト派宣教師は語る。
「朝鮮人は、自分の知的水準を引き上げ、精神世界を拡大しようとするいう努力があわれにもないのに、社会的地位を高めようという激しい欲望だけはある。自分のものでなくとも少しばかりの金を自由に動かすことができるとか、何人か働くのを監督するとか、ともかく物の面、金の面で人間を支配できるようになると、おしなべて有頂天になる。朝鮮人は、有力者になる、あるいは名声を博すということだけで、まるで逆上してしまい、ますます尊大な態度をとるようになる。朝鮮人特有のこの感心できない性向が、じつは企業、あるいは教育、宗教の分野で、朝鮮人を登用する際に起こる、ごたごたの原因の一つなのである。」
ジャーナリスト、歴史学者でもあったホーマー・ハルバート
著書「朝鮮亡滅」より
<ザビエルの見た日本>
1549年8月15日、ザビエルは鹿児島へ上陸した。
「日本の事を、貴兄等に報告したい。先ず第一に、私たちが今までの接触に依って識ることのできた限りに於いては、此の国民は、わたしが遭遇した国民の中では一番傑出している。私には、どの不信者国民も、日本人より優れている者は無いと考えられる。日本人は総体的に良い素質を有し、悪意が無く、交わって頗る感じが良い。日本人の生活には節度がある。博打は大いなる不名誉と考えているから一切しない。何故かと言えば、博打は自分の物でない物を望み、次には盗人になる危険があるからである。住民の大部分は読むことも書くこともできる。これは、祈りや神のことを短時間で学ぶための頗る有利な点である。私は今日まで旅した国に於いてそれがキリスト教徒たると異教徒たるとを問わず、盗みに就いてこんなに信用すべき国民を見たことが無い。獣類の形をした偶像などは祭られていない。大部分の日本人は、昔の人を尊敬している。彼らは、皆、理性的な話を喜んで聞く。また、彼らの間に行われている邪悪は、自然の理性に反するが故に、罪だと断ずれば、彼らはこの判断に諸手を挙げて賛成する。」
ペドロ・アルベ、井上郁二訳「聖フランシスコ・ザビエル書簡抄」より
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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