我々はjapan_koumeiの新林洞蘭谷に向かった
投稿者: dendoshikiwakadaisho 投稿日時: 2003/03/01 20:59 投稿番号: [52768 / 232612]
我々はjapan_koumeiが何故このようなカキコミをするのかという疑問を解決するため、
japan_koumeiの故郷である新林洞蘭谷に向かった。
「まだソウルにこんなところがあったのか…」思わず口に出てしまった言葉を、
同行した中央日報取材チームの一人に失礼だと咎められた。
山の頂上にある青色の共同トイレ。消防車が通過できない平均傾斜35度の路地。
主に焼酎・ラーメンだけがよく売れる町内の店。過去のサムソン電子ロゴが残る1970年代式の看板。
そして擦り切れてボロボロの服を着る住人たちは、余所者で身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。
インターネットだの、ワールドカップだの、南北融和だので浮かれていた
我々は改めてソウル最大貧民街の現状を噛み締めていた。
ボロ屑のような家に居たのは老いた母親は我々を見るなり
「日帝36年の屈辱!謝罪と保証を要求するニダ!」と包丁を持って追いかけられ、
さらに貧民街の住人に取り囲まれて金品を全て奪われてしまった。
我この時初めてjapan_koumeiを心の底から憎く思った。
誰が悪いどころではない、チョソンの全て悪かったのだ。
我々は打ちひしがれながら東京へと帰路についた。
これは メッセージ 52763 (japan_koumei さん)への返信です.
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