北朝鮮の核所有までの経緯
投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2003/02/15 01:59 投稿番号: [50086 / 232612]
>北への核技術流失は、多分ソ連崩壊後のソ連核技術者が北に秘密裏(私的)に雇われたものと考えます。
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旧ソ連崩壊後以降に北朝鮮の核開発がStartしたといふ意味でせうか?
1949年、旧ソ連邦は原爆実験を行う。
1950年、米国は更なる威力の水爆の開発にふみきる。
過去の朝鮮動乱時、米軍が、核行使を検討した事実を受け、金日成はソ連の核開発に異常な興味を示し、表向きの援助ではなく、秘密裏に核の情報を得ていました。
1964年以降、中国に核開発の支援を要請、しかし、これは、満足のゆくものではなかったようです。
統一ドイツ以降、明らかになった、東ドイツの資料によりますと、北朝鮮は1981年に、EastGermanから、原爆保有を年頭に原発輸入を計画。
李升基博士(日本の京都大学卒)が中心になり、Yongbyonに秘密Project を立ち上げ
た。
この時点で東ドイツは北朝鮮に相当なる核技術を提供。
1984年、表向きは北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)に加入するという事で、ソ連は1985年、軽水炉を輸出しました。
勿論、この時点で、旧ソ連も、裏で、核技術を金日成に与えています。
米国に対するBolster として、ソ連の戦略に叶ったからです。
ところが、旧ソ連邦崩壊後、1991年、米国は韓国の戦術核兵器を引き上げる事にしました。(ソ連への米国の配慮による。)
同時に朝鮮半島の非核化宣言が仮署名されました。
しかし、北朝鮮との交渉は難航し、1993年に北朝鮮は、IAEAの査察を逃れるために、IAEAの脱退宣言し、この時点で、今日の米国と北朝鮮の危険なGameが始まりました。
1994年、北朝鮮と米国間に戦争の危機があり、その4月危機の後、6月、米国のJ.E.Carter 元大統領が、金日成の要望で、訪朝し、危機が去りました。
1980年代以降、北朝鮮は核技術を完全に所持していましたし、Pakistanの原爆の父とされる、博士も最近の報道で、少なくとも、過去12回は北朝鮮を核技術者と共に、訪朝している事を語っています。
旧ソ連邦時代に制作された、重さ約35㎏、60cm×40cm×20cmの小型スーツCase核爆弾、132個のうち、48個が回収されたが、残りは、不明である。
ソ連邦崩壊後、北朝鮮に、この核爆弾が持ち込まれているのでは、と、思います。
これは メッセージ 49953 (nigakudo72 さん)への返信です.
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