この論文のここの部分は示唆に富む
投稿者: t2daiisuki48 投稿日時: 2003/02/08 00:33 投稿番号: [48343 / 232612]
冷戦の終結により、第3次世界戦争の暗雲は一掃され、人々は歓喜のうちに世界の経済に、外交に、安全保障に明るい展望を語り始めたが、冷戦の終結そのものがあまりに突然であったため、楽観に過ぎるものも多かった。中でも核の抑止力については、漠然とした誤りの考えが広まった。
その一つが、核は世界の平和に欠かせない、更には核が世界の平和をもたらすというような考えである。米ソの相互核抑止が第3次世界戦争を抑止し通したという意味で、世界の平和に貢献したとは言えるが、相互抑止体制の消失した今日の核についてそう考えるのは、核抑止の虚像から出てくる誤りである。この誤った見解は、核廃絶運動を批判する筋書きの中で使われることが多い。核不拡散条約は核廃絶を目指す187カ国の合意を得たものだが、その再検討会議で、早く核軍縮をと迫る非核兵器国に対する核兵器国の言い訳もこれに近い。また冷戦終結時に描いた世界平和の夢破れて、冷戦中を懐古する筋書きで使う人もある。その人は恐らく冷戦中の方が今よりも平和だったと思ってのことらしいが、防衛白書も冷戦中の世界の武力紛争数十を挙げており、それが冷戦後特に多くなったとは言いがたい。当時の相互抑止体制下の核を意識している点は正しいとしても,東西陣営の同盟諸国の間では冷戦中も今も武力は交わされたことはない。またひそかに核保有を目指す国も、或いは深い考えもなく平和に貢献すると思っているのかもしれない。
もう一つの誤った考えは、「核の傘」の虚像から出てくるもので、いまも同盟諸国は米国の「核の傘」に守られているという思い込みである。確かに冷戦期を通して「核の傘」は成功し、同盟諸国に対する武力攻撃はなかった。だが繰り返しになるがそれはMADに組み入れられていたからのことである。現に冷戦中でさえ、ベトナム戦争、アフガン戦争更にはフォークランド戦争に見るとおり、MADの外からの武力攻撃は抑止されなかったし、独り存在していただけの中国の核もベトナムからの武力攻撃を抑止できなかった。冷戦後は核の相互抑止体制はどこにもないから、「核の傘」もない。今は核兵器は通常兵器を抑止していないのである。
「核の傘」に今も守られているという思い込みに立つ人は、わが国の安全保障を次のように考えてしまうようである。即ち、日本は米国の核に守られていて日本の自衛隊は核のもとの抑止力であり、そのための日米安全保障条約は至上であり、触れてはならぬ聖域だということになる。そうなると抑止とは武力行使をしないことでもあるから、自衛隊を抑止力と表現するのは、いずれ核に頼るのだから、本来の防衛力整備にあまり真剣でなくてもよいという気持ちに傾き、遂には安全保障を自らは何もしないで米国に頼りっぱなしという、まったくの自主性喪失に陥る。対米外交に自主性を出せなかった当局者が、国内向けの言い訳に「米国に守ってもらっているのだから」と、日米安保条約至上論を持ち出すことがあったのも、この思い込みのためと思う。
やや脱線になるが一言付け加えたい。筆者は、日米安全保障条約については、現実主義的重視論者であるが、よくわからないまま神聖化する至上論者ではない。同条約は、わが国が自分の手にあまる武力攻撃を受けたときに、米国に実際に武力行使して援助してもらうための条約であって、決して核による抑止を約束したものではない。日米安全保障条約は、核の抑止も傘もない今こそ、本来の重要性を回復しているというべきものである。
その一つが、核は世界の平和に欠かせない、更には核が世界の平和をもたらすというような考えである。米ソの相互核抑止が第3次世界戦争を抑止し通したという意味で、世界の平和に貢献したとは言えるが、相互抑止体制の消失した今日の核についてそう考えるのは、核抑止の虚像から出てくる誤りである。この誤った見解は、核廃絶運動を批判する筋書きの中で使われることが多い。核不拡散条約は核廃絶を目指す187カ国の合意を得たものだが、その再検討会議で、早く核軍縮をと迫る非核兵器国に対する核兵器国の言い訳もこれに近い。また冷戦終結時に描いた世界平和の夢破れて、冷戦中を懐古する筋書きで使う人もある。その人は恐らく冷戦中の方が今よりも平和だったと思ってのことらしいが、防衛白書も冷戦中の世界の武力紛争数十を挙げており、それが冷戦後特に多くなったとは言いがたい。当時の相互抑止体制下の核を意識している点は正しいとしても,東西陣営の同盟諸国の間では冷戦中も今も武力は交わされたことはない。またひそかに核保有を目指す国も、或いは深い考えもなく平和に貢献すると思っているのかもしれない。
もう一つの誤った考えは、「核の傘」の虚像から出てくるもので、いまも同盟諸国は米国の「核の傘」に守られているという思い込みである。確かに冷戦期を通して「核の傘」は成功し、同盟諸国に対する武力攻撃はなかった。だが繰り返しになるがそれはMADに組み入れられていたからのことである。現に冷戦中でさえ、ベトナム戦争、アフガン戦争更にはフォークランド戦争に見るとおり、MADの外からの武力攻撃は抑止されなかったし、独り存在していただけの中国の核もベトナムからの武力攻撃を抑止できなかった。冷戦後は核の相互抑止体制はどこにもないから、「核の傘」もない。今は核兵器は通常兵器を抑止していないのである。
「核の傘」に今も守られているという思い込みに立つ人は、わが国の安全保障を次のように考えてしまうようである。即ち、日本は米国の核に守られていて日本の自衛隊は核のもとの抑止力であり、そのための日米安全保障条約は至上であり、触れてはならぬ聖域だということになる。そうなると抑止とは武力行使をしないことでもあるから、自衛隊を抑止力と表現するのは、いずれ核に頼るのだから、本来の防衛力整備にあまり真剣でなくてもよいという気持ちに傾き、遂には安全保障を自らは何もしないで米国に頼りっぱなしという、まったくの自主性喪失に陥る。対米外交に自主性を出せなかった当局者が、国内向けの言い訳に「米国に守ってもらっているのだから」と、日米安保条約至上論を持ち出すことがあったのも、この思い込みのためと思う。
やや脱線になるが一言付け加えたい。筆者は、日米安全保障条約については、現実主義的重視論者であるが、よくわからないまま神聖化する至上論者ではない。同条約は、わが国が自分の手にあまる武力攻撃を受けたときに、米国に実際に武力行使して援助してもらうための条約であって、決して核による抑止を約束したものではない。日米安全保障条約は、核の抑止も傘もない今こそ、本来の重要性を回復しているというべきものである。
これは メッセージ 48339 (t2daiisuki48 さん)への返信です.