小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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中国の友人

投稿者: ahoahoahocha1 投稿日時: 2003/02/05 21:17 投稿番号: [47673 / 232612]
■1.中国の友人■

  中国はその数千年の動乱の歴史を通じて、我々日本人には想像も
できないような凄まじい外交術を発達させてきた。その一つに、国
際社会で「中国の友人」と呼ばれているものがある。

  たとえば、中国がある国の将来性ある政治家なり、ジャーナリス
トなりに−仮にA氏と呼ぼう−狙いをつけたとする。A氏は中国に
招待され、VIPとして「熱烈歓迎」を受ける。鼻高々で帰国した
A氏は、以後、「何か中国に頼みたいことがあったら、自分に任せ
なさい、私には中国政府要人との太いパイプがあるから」、と触れ
回る。実際にいくつかそういう実績を上げると、A氏は中国とのコ
ネをバックに出世していく。

  A氏が実力者となると、今度は中国の方がいろいろ要求を出して
くる。経済援助を増やして欲しい、とか、反台湾政策をとれ、等々
である。A氏は自分の地位を守るためには、中国の意向に従わざる
をえなくなる。

  マスコミでの「中国の友人」の実例に登場願おう。朝日新聞の秋
岡家栄記者である。

■2.一人だけ北京に残った朝日特派員■

  昭和40年に日中交換記者協定が実現し、朝日、毎日、読売、産
経など9社が北京に特派員を派遣した。翌41年11月、文化大革
命が勃発すると、漢字の読める日本人記者団は壁新聞から情報を得
て大活躍をした。中国政府はこれを「外国反動分子による反中国宣
伝」と非難し、日本人特派員を次々と追放し始めた。

  たとえば、42年9月には、毎日や産経が毛沢東の顔写真代わり
に似顔絵を使った事を理由に追放され、43年6月には日経の鮫島
特派員がスパイ容疑で逮捕・拘留される、という具合である。こう
して45年9月には、北京に残るのは、朝日の秋岡特派員だけにな
ってしまった。

  毎日、産経が追放された時、9社で抗議と追放理由の詳細な説明
を求める共同声明を出そうということになったが、朝日新聞が脱退
までちらつかせて強硬に反対した。[1,p34]

  当時の朝日新聞社の広岡社長は、「中国文化大革命という歴史の
証人として、わが社だけでも踏みとどまるべきである。そのために
は向こうのディメリットな部分が多少あっても目をつぶって、メリ
ットのある部分を書くこともやむを得ない」という趣旨の発言を社
内でもしていたと伝えられている。[1,p64]
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