三国人は今も昔も変わらない。
投稿者: ahoahoahochan4 投稿日時: 2003/02/03 00:14 投稿番号: [47150 / 232612]
恥という感情はないらしい。
以下は民族差別をあおる表現だとして、「民族差別と闘う団体」等から糾弾されたものである。この時期は「三国人」という言葉そのものより描写内容を問題としていた。
「朝鮮人差別とことば」
内海愛子、梶村秀樹、鈴木啓介編
1986年
明石書店
◇「少年サンデー」
1970年8月30日号
梶原一騎原作「おとこ道」
『最大の敵は、日本の敗戦によりわが世の春とばかり、ハイエナのごとき猛威をふるいはじめた、いわゆる第三国人であった!!』
『殴られる前に殴るんだ
三国人どもを』
◇「ヤングジャンプ」
1980年10月
手塚治虫原作「どついたれ」
『ここはこれからタップリ血だまりができるんだ。三国人との決戦でェ!』
『三国人とのでいり』といった言葉がひんぱんにでてくる。
◇「朝日新聞記者の証言5」
1981年8月
朝日ソノラマ発行
『第三国人』が『いかに法を無視し、警察を軽視していたか』
『彼らの一部には、治外法権があるような優越感をいだかせ、社会の混乱に乗じて徒党を組み、統制物資のヤミ売買、強・窃盗、土地建物の不法占拠などの不法行為をほしいままにし、戦後の混乱を拡大した』
『覚せい剤、密造酒となると、これは第三国人の独壇場といった感があった』
第三国人という呼称は『今やまったくの死語になった』と書いている。
◇「ビッグマン」
1983年1月号
ダイエー中内社長のインタビュー
『その当時は(神戸が)第三国人に支配されていまして…
』
◇「中内功の限りなき挑戦」
1984年5月
大下栄治著
講談社発行
『当時、神戸のブラックマーケットではいわゆる"第三国人"と呼ばれていた中国人や朝鮮人が幅をきかせていた。「戦勝国民」という腕章をして、暴れ放題…
』
ほとんど死語となっていた「三国人」という言葉を差別語に指定したのは、三国人と呼ばれた戦後の在日コリアンの不法行為を隠蔽したい勢力が、差別語とセットにして言論の場から消し去ろうとしたためだろう。まさに言葉狩りである。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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