小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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歴史は繰り返す 北ッ朝鮮

投稿者: ahoahoahocha4 投稿日時: 2003/02/02 22:39 投稿番号: [47047 / 232612]
本は朝鮮農業を近代化して農民(大多数の国民)の生活向上を実現した。欧米型植民地経営とはまったく違うこの現実を見れば「朝鮮を収奪した」という言葉はあてはまらないはずだ。
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悲惨な状態だった李朝時代の農業環境と朝鮮農民 .
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李朝時代は農業土木が遅れていて自然任せの不安定な農業だった。
「歪められた朝鮮総督府」   黄文雄   1998   光文社
朝鮮半島は、地形的には脊梁山脈が縦走しているので、日本海側は、豆満江以外は、河川の流路が短く、朝鮮海峡側に注ぐ河川には大河が多い。また、有史以来、大規模な治山、治水は、ほとんど行なわれておらず、自然のままで放置されていた。雨季はだいたい7、8月ごろで、台風の来襲も同時期に集中しているので、洪水と旱魃は、交互に朝鮮半島を襲い、その自然生態史をつくってきた。

わずか都邑付近には、石堤や土堤があるものの、豪雨になると洪水が平原に氾濫し、広漠たる平野が一夜にして湖沼と化してしまうこともたびたびあった。日本の河川に比べて、流水量は二倍もあるのに対して、渇水期の流水量は、日本の河用の十分の一から二十分の一にすぎない。

朝鮮半島は、統監・総督府時代以前は、ソウルなどの一部の都市を除いて、ほとんど自然のままの状態で荒廃していた。李朝時代には慣行にしたがって、賦役を課し、わずかに都邑のみにおいて、堤防護岸などの工事が行なわれていただけだった。

朝鮮半島には、灌漑を目的とする堰堤、あるいは河水を堰き止める石木や土でつくられた「ボク(上流に堰堤を築いて川の水を堰き止め、これを水路によって下流地方の平野に導水する)というものは、決して絶無ではなかった。はるか1500年前の新羅時代に有名なペタコル池(堤)という一大堰堤(岸長1800歩)があり、歴代王朝に堰堤の修築もないわけではなかったが、李朝未期になると、山河がしだいに荒廃し、堰堤らしいものは、廃堤の遺跡しか残っていない。灌漑用水をめぐる紛争は古来絶えることがなかった。

李朝の歴史記録によれば、堰提、ボクの施設数は朝鮮半島で2万4000を数えたといわれる。しかし水利関係者が、「万石堤」と称する貯水池以外は、ほとんどどこかに消え、荒れ果てている。農事潅漑はたいてい腕力による。流水の汲み上げに限る足踏み水車も、まれにしか見られなかった。天水に頼り、農業はきわめて原始的である。河川堤防がなく、灌漑設備もないため耕作できない土地が広大にあった。
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