特別永住権のからくり
投稿者: ahoahoahocha4 投稿日時: 2003/02/02 21:04 投稿番号: [46979 / 232612]
コリアン世界の旅」
野村進
1996
講談社
日本敗戦による「解放」の喜びもつかのま、済州島は大混乱の予兆をはらみつつあった。8月15日以降、日本本土のほか戦前の樺太や満州、南方などに徴用でとられたり移住したりしていた人たちが、一斉に帰郷してきたのである。15万人の島内人口は、あっというまに倍以上の30数万人に膨れ上がった。香川県ほどの広さの、痩せた火山島には、彼らを養う余地などどこにもなかった。食糧事情は、目に見えて悪化した。日本の植民地下では許されなかった買占めや売り惜しみが横行した。敗戦国・日本に見切りをつけて帰ってきたところが、故郷の窮状たるや日本どころではないではないか。やむなく日本にまた引き返していく人々が、皮肉なことに「解放」の翌年あたりから急増する。これに追い打ちを掛けるように、1948年から49年にかけて、済州島史上最悪の惨事が起きた。島全体が戦場と化して、虐殺と放火と強制移住に覆い尽くされた、いわゆる「済州島4・3事件」である。(島民3万人が殺された)
(中略)
逃げ場は日本しかなかった。命がけの選択の結果が日本への密航だった。彼ら密航者たちは『潜水艦組』と称され、近年の中国からの不法入国船と同様の小舟や漁船で、着の身着のまま日本に辿りついている。『潜水艦組の1人』という50代のある男性は、日本人の『常識』とは逆のことを私に告げた。
『済州島(出身者)だけじゃなく、在日の半分以上は、密航で来たんだと思うんですよ』
在日のほとんどは、強制連行で連れてこられた1世かその子孫ではないのか。
『いや強制連行で来て、今もいるという人は非常に少ないです。強制連行で来た人たちは、軍需工場なんかに徴用された人も、密航で働いた人も、戦後かなりの人が帰っているか亡くなっているんですよ』
次の2点を明記しておきたい。強制連行された朝鮮人のほとんどは、戦後間もなく日本政府の計画送還で帰国していること。在日1世の大半は、戦前から日本に住みつづけているか、戦後、密航できたのかどちらかであるということ。これらは研究者の間ではすでに定説となっているのだが、日本人一般には正反対の言説が『事実』であるかのように漠然と信じ込まれてきた。その最大の原因は日本のマスコミの認識不足だが、在日の特に知識人が往々にして『私たちは無理やり連れてこられた』といった言い方をしてきたことにも一因がある。
…だが『無理やり連れてこられた』といった表現には。明らかに強制連行のニュアンスがこめられている。日本人側が在日についてあまりにも知らないことが問題なのは言うまでもないが、在日側もこうした表現をいわば"切り札"にして日本人との議論を断ち切ってしまう場合が、ままあったのではなかろうか。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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