傾向と対策
投稿者: ringo_rn 投稿日時: 2003/02/01 12:59 投稿番号: [46222 / 232612]
最近感じることだが、掲示板の中にしばしば個人攻撃的発言が目立つ。
それらはともすれば、有意義な意見交換をしている人たちの発言の場を奪うことに繋がり、延々と果てしなくねじれた感情をまきちらし、他の投稿者の意欲を削ぐ、実に効果的な働きをしている。
こうした状況をROMしている第三者の視点で見ると、ばかばかしくなる。
このトピは投稿数が飛びぬけて多いため、常に上位に付けている。
それゆえ、投稿しないまでもトピを覗く人の数は少なくないことと思われる。
自分と同じ意見があったり、明らかに誤ったとらえ方があったら、投稿してみたくもなるだろう。私もかつてはそうした思いでこのトピに投稿したのだ。
No46205に紹介された中山参与の言葉にもあるとおり、国民全体が拉致問題に関心を持ちつづけることが、北朝鮮との交渉に必要な力になるのであり、最も恐れるべきは人々の関心が失われることである。
個人攻撃などのつまらない言辞で、トピの投稿意欲を減退させるのは好ましくない。そうした行いは私自身にも大いに反省の余地があった。
それゆえ、投稿を見合わせようと考えたのだが、それは誤りであった。
反省すべきは反省し、投稿を以って正々堂々議論を交わすべきであった。
異なる意見を排除しては、議論は成り立たない。
一致点を見出す議論を積み重ねるか、または相違点を持ちながらもそれを尊重しなければならない。
積み重ねた議論により、自分自身が影響を受け、スタンスを変えることがあるかもしれない。それはまたそれで前進ではないのだろうか。
依怙地に自論で凝り固まるのは愚かである。
かつて自分がそうであったように、素朴な感想を投稿したいと思ったとき、集中攻撃的に反対論を展開されたら二度とこのトピに参加したいとは思わなくなるのではないかと危惧した。
誰でも気軽に自分の意見を言える場としての掲示板であることが、望ましい姿だと思う。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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