済州島4・3事件:「ハンナ」のモデル
投稿者: a_spot_of_ink 投稿日時: 2003/01/27 18:00 投稿番号: [44923 / 232612]
「韓国大統領列伝」(池東旭著、中公新書)と「朝鮮戦争」(村上薫著、教育者歴史新書)の済州島暴動についての記述からすると
済州島4・3事件(1948年4月)は、2千人の共産党分子が5・10総選挙破壊のために済州島警察署と9カ所の駐在所を襲撃したことから始まった。総選挙が終わるまで島全体を巻き込む大暴動となり、警官12人と家族6人が殺され、24人が重軽傷を負った。民衆の側は、257人死亡、放火は45件に上った。この暴動は、暴徒が旧日本軍が対米戦に向けて造成した洞窟とそこに遺棄されていた武器弾薬を持って立てこもり、満4年間にわたって執拗な抵抗を続けた。
済州島事件勃発の八ヶ月後には、済州島事件の鎮圧を命じられた麗水駐屯の第14連隊がこれを拒否して反乱を起こした。反乱軍は隣接する順天市も占領し、この時には教職員多数が参加したという。この反乱の間、順天では38度線を越えて逃げてきた家族は見つかり次第、反革命分子という名で惨殺された。麗水では人民大会が開かれ、(1)朝鮮民主主義人民共和国を支持する、(2)土地改革の実施、(3)非民主的法令の廃止と次々に決議、一方で市内の至る所で反動分子に対する人民裁判が行われた。
一週間後には麗水、順天の反乱軍は政府軍により鎮圧されたが、激しい市街戦のため市中心の2千戸が消失した。反乱軍はその後智異山に立てこもり、長期にわたりゲリラ活動を続けた。これを鎮圧に出動した馬山の第15連隊も、隊長以下党員細胞が多数潜んでおり、中途から智異山に合流するという始末であったという。
済州島暴動そのもので最終的に30万人の島民が巻き込まれ、6万人の犠牲者を出したといわれている。
(1)鎮圧したのは韓国軍であったこと、
(2)北朝鮮は韓国各地で暴動を扇動していたこと
(3)人民裁判という名のリンチが多数行われたこと
は当然のことながら「ハンナのこだま」では隠蔽されています。
>はっきり指摘するのがメディアの責任のはずだが実際におこった事です。とはなんというコメントだろう。
その後、モゴモゴと、北の解釈は、ありますが・・と、ひとこといっただけ。
実際、済州島蜂起は起こったことだけど、「ハンナのこだま」が北朝鮮のプロパガンダ映画であることは明らかなわけで、その内容に疑わしい点があることに気づいているのに口を閉ざすことは視聴者を欺むく意図以外のなにものでもない。
これは メッセージ 44886 (saekiii さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/44923.html