丙子胡乱
投稿者: kim_yu_sin 投稿日時: 2003/01/20 23:34 投稿番号: [43339 / 232612]
普通の言葉で、清の朝鮮侵略をいう。(1636年)
その9年前には後金(後の清)に侵略されて、(丁卯胡乱)服従を誓ったが、心変わりし、再戦したが、返ってコテコテにやられ、清の完全な属国とされた。
これを、丙子胡乱という。
壬申倭乱は元は中国語で、それが朝鮮に伝わったものかも知れないと考えたが、これは何処の言葉だろう。
中国(清)の言葉である筈がない。
すると、朝鮮語以外には考えられない。
朝鮮は宗主国清を胡と呼んで軽蔑していたことになる。ばれれば、一国の滅亡を招いただろう。
朝鮮は中国を胡と呼び、日本を倭と呼び、東アジアの中心で、滅びた中国の衣鉢を継ぐものと考えていたものとしか、考えられない。
現在の韓国人の考え方が、我々、日本人に今一つピンと来ないのは、非常に特異な朝鮮の歴史と朱子学を朝鮮流に発展させた韓国教ともいえる特殊な考え方によるものと考えられないだろうか。勿論、朝鮮人は、我々が日本教を意識しないように、意識していないと思うが。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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