「若き将軍の朝鮮戦争」より①
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/01/18 02:16 投稿番号: [42221 / 232612]
国連軍は、北朝鮮の、策略に負けた。
朝鮮戦争の休戦協定について、興味深い記事を紹介します。
休戦会談は1951年7月10日に始まったが、当初はだれもが会談の行方を楽観視していた。二・三週間で妥結するだろう。というのが大方の見方で、よほどを悲観的な人でも二カ月もあれば結論が出て、「撃ち方止め」になるだろうと予想していた。
そもそも休戦会談の糸口はソ連の国連代表の提案にあった。
明らかに相手をが折れて会談を申し込んできたのだ。ともすれば、象徴的な意味としての会談の場所は、こちらの勢力範囲にするか、一歩譲っても中立地域で開かれるべきであった。
国連側は当初、釜山の沖合に停泊していた中立国、デンマークの病院船にしようと提案したが、共産側に拒否されると、あっさりと開城に同意したのである。
この最初の一歩から、国連側は戦闘継続に苦慮し、休戦を強く望んでいるのという誤ったシグナルを共産側に与えてしまったと思う。
その結果、共産側はあたかも、国連側が降伏してきたかのように、演出して世界にアピールし、戦闘で取れなかったものを、会談のテーブル上で取ろうとしたのである。
会談が始まるや誰もが悲観的になった。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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