これじゃないだろう。
投稿者: mrxx126 投稿日時: 2003/01/18 00:47 投稿番号: [42165 / 232612]
“引きこもり”という言葉が、マスコミ等の影響により社会現象として大きく捉えられ、一般的に世の中の人々に知られるようになってから久しい。
それに伴って近年、精神科や心療内科といった医療の服薬治療、また宗教や占いなど、不安解消を願うことから頼る所は千差万別、多様化して来ている。
しかしその一方、多様化する対応によって一時的に症状回復や改善したように見えても、それは実のところ周囲の者の目であり判断である。本質的な本人の回復:心の安定や安心には至っていないのが現状である。
“引きこもり”とは、そもそも人間が生きるためのぎりぎりの選択であり、本能的なものである。人間が危険を感じた時に、自らが崩壊しないように無意識にとる懸命な(=賢明な)手段なのだ。
だが、その状態から子ども本人がただひとりの力で立ち上がろうとするのは、想像を絶するエネルギーと時間がかかってしまうどころか、再びぎりぎりの選択をしかねない状況をつくってゆく。
人間が自分の人生を生きるためには、生きる基本にある親子の愛情や信頼関係を回復・再確認する必要がある。その基盤、即ち親子、家族、愛情、信頼や安心がしっかりしてこそ、ひとりの人間として社会や第三者とも関わってゆくことが可能となる。
当機関:フレンドスペースでは、人が生きてゆく根底、即ち親子関係を重視し、ご家族にも大きく関わって戴くことを主軸にしている。子どもが安心できる家庭環境、ひとりの人間として気持ちや主張を伝えてゆける家族関係をととのえてゆくことが、回復と改善への本質であると信じてやまない。
人間ならば誰でももっている“感受性”を大切にし、お互いを感じながら、親子の絆を、そして家族の絆をしっかりと結ぶことで、物質では満たされない本質的な安心と、来たる時代への先駆者が若者たちであると考えている。
これは メッセージ 42152 (kimutoma さん)への返信です.
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